甘酸っぱい未熟な果実

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「おい、美波」 「……なんだ。翔悟か」  見上げた先には、背が高く、程よく日焼けした凛々しい男の顔があった。こげ茶色の短髪がスポーツマンを思い立たせるいで立ちである。だが、イヤホンを取り上げたその手は細長く、骨がすうっと伸びて、爪も短く、綺麗な指先をしていた。筋肉質とは正反対の繊細な指先である。 「なんだじゃない。今日は合唱部に手伝いにきてくれるんじゃなかったのかよ」  翔悟と呼ばれたその男は、美波と同じ学年の黒田翔悟(くろだしょうご)、合唱部のピアノ担当をしていた。一見スポーツマン風の翔悟は、もともと小学校からずっとサッカーをジュニアチームでやっていたが、中学のときに大きな足のケガをしてから、翔悟の親が弾いてたピアノに興味を持つようになり、今では音楽教室のピアノコンクールで優秀賞を取ったり、親のつてで、公民館で行われるミニコンサートで演奏したりするまでの腕前になっていた。翔悟ははぁ、と嘆息すると、美波はイヤホンを翔悟から取り上げ、 「確かに今日行くって言ったけど、別に時間は指定していない」 「そんな言い訳、通じるか。もう音楽室の備品使わせないぞ」  翔悟に言われると美波は口をへの字に曲げて、「はいはい、わかりました」と吐き捨てるように言って悪態をつくと、スマートフォンをしまい、ギターをステッカーだらけのハードケースにしまった。  美波と翔悟は小学校からの幼馴染であった。実のところ、美波の違和感について知るものがひとりだけいた。それはこの翔悟である。翔悟は美波と出会った六歳のころ、美波の兄のおさがりを着ている美波を見て、最初男だと思って接していた。それもあり、翔悟は美波へ対する偏見などどこにも最初からありはしなかった。そして、翔悟、この人にも周りには知らされていない、美波だけが知る秘密があった。
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