甘酸っぱい未熟な果実

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 部長のタクトが上がり、翔悟はそれを見て、部長と目で合図をすると、タクトは下ろされた。前奏が始まり、歌に入る。  十人しかいないこの合唱部も、翔悟のピアノとともに、みずみずしく光る若い旋律が響いた。 『もしもピアノが弾けたなら 思いのすべてを歌にして きみに伝えることだろう』  美波はその歌詞を口にしたとき、自分の左側を目線で追った。その先にいたのは、すらりとした背丈と半袖のカッターシャツから伸びるその腕は細く、今にも消えそうな真っ白な男子生徒のことだった。その男子は風間愛斗(かざまあいと)、高校一年生。美波はその愛斗の色素の薄さは異常に思えた。何か自分と似ている、そんな感覚に陥るのだった。そして彼は顎を少し上にあげながらテノールのパートを紡ぐ。そしてその視線の先にあるのは、タクトではなく、もっと先にある、ピアノを見ていると美波は気づいていた。  曲を歌い終えたとき、部長がだれのどこが悪かったかと、反省点を上げた。美波は、ピアノの方に行き、グランドピアノのへりの上に顎を乗せ、小さな声で、 「翔悟、またやらかしたっぽいね」  そう翔悟の目をじいっと見て言う。翔悟はなんのことやらと、首を横に振る。「翔悟だって気づいてるだろ」、小さくまた美波が言うと、翔悟は少し苛立ちを覚えて、「あっちいって反省会してろよな」と言い返した。
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