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「おーい朱季、待てよ」
同級生の岡野誠の声で我に返った。
昨日の事を考えながら気付けば学校を出て、もう駅の側まで歩いていた。
「なんだよ、ボーとして。ずっと呼んでいたんだぞ」
誠が笑いながら言った。
「ごめん」
「お前って、たまにボーとして周りが見えなくなるよな」
「そうかな」
「そうだよ。もともと無口なのに、黙っていると女子達が『朱季君、かっこいい』なんて騒ぎ始めてさぁ、ただ単にボーとしているだけなのにずるいよ」
誠は一人でどんどん喋った。
「なぁ、この髪って本当に染めてないの?」
真琴が朱季の髪を睨むような顔をして聞いてきた。
「あぁ」
「すげー微妙に茶色だよね」
「子供の時からだよ」
「そうだよな。小学校で朱季を初めて見た時に、小学生のクセに染めているってビックリしたもんな」
「で、何か俺に話があって追いかけてきたんじゃないのか?」
朱季がうんざりしたように聞いた。
「あっ、そうそう帰りに朱季の家に寄ろうかと思って」
「何で」
「いいじゃん、遊びに行ったって」
「うーん、今日は…」
「なんだよ。俺とお前の仲じゃん」
そんな事を誠と言いながら駅前といっても店も何も無い道を歩いて
いると、この駅には相応しくない若い女性が大きいバックを持って駅の無人改札の側で不安そうにキョロキョロしていた。
袖なしの薄い黄色のロングのワンピース姿の女性は、まるで雑誌で見るモデルのようだった。
「うわー、すげー美人」
誠が目ざとく見つけて騒ぎ出した。
すると、その声が聞こえたのか、その美人が朱季達の方に近づいてきた。
「あの、ごめんなさい。道を教えていただきたくて」
とても澄んでいて綺麗な声だった。
「どちらへ行くんですか?」
誠が、待っていましたとばかり答えたが、朱季は一瞬でこの人が何をしにここに来たのかがわかってドキドキした。
「永峰診療所なのですが」
女性の答えは朱季が想像したとおりだった。
「あーそこならわかります」と誠が元気に答えたが
「俺が送ります」と朱季が行った。そして誠に
「じゃあな」と言った。
「えっ?俺も行くよ」誠が言ったが
「お前は反対方向だろ?それに、俺も診療所に用事があるから」
「どうもありがとう」その女性も誠に頭を下げながら言ったので、誠もつられて「さようなら」と頭を下げてしまった。
駅に着いた時、珂奈子はますます不安になった。
こんなに田舎だったとは。
駅は無人駅で誰も人がいなく、周りに店らしき店もない。一軒だけ何の店なのかわからない店があったが、シャッターが下りていた。早く稜が入院している病院へ行きたいのに、タクシー乗り場やバス乗り場も見当たらない。
病院に電話をして行き方を聞いてみようと鞄の中のスマホを取り出した時、高校生ぐらいの男の子が二人、前を歩いている事に気が付いた。一人はスポーツ刈りで元気いっぱいそうな男の子で、もう一人はこの村にはふさわしくないような綺麗な顔の背の高い男の子で、髪の毛も都会の子のように茶色に染めていた。二人に声をかけると、親切に背の高い方の男の子が病院まで案内してくれると言ってくれた。
「荷物、持ちましょうか?」
二人きりになった途端、その子が声をかけてくれた。
「大丈夫です」と答えると
「十五分ぐらい歩くから」と男の子が荷物を持ってくれた。
しばらく歩道もないゆるい坂道を登った。歩きながら周りを見渡すと、緑が青々と茂った木が沢山あった。
稜が好きそうな景色だな。と珂奈子は思いながら、稜の様子はどうなんだろうと不安に思い、さっき途中の乗換駅で永峰診療所に電話をした時の事を思い出した。院長の永峰が「今は落ち着いています」と言ったので、少し安心したのだが。
色々考えながら歩いていると、一緒に歩いている子が心配そうな顔をしてこちらを何度もチラチラ見ているような気がした。
永峰診療所は古い三階建ての病院で入り口のドアも自動ドアではなく、重いガラスの開き戸だった。玄関を入ると、男の子が慣れた手つきでスリッパを用意してくれ、正面にある受付の小窓を覗き込んで「曽我さん、お客様」と声をかけてくれた。待合室には誰もいなかった。もう午前の診察は終わったようだ。年配の看護士が出てきて「あら、朱季君」と声をかけた。
「東京から着ました篠塚です」と言うと、その看護士が「はいはい」と頷き「先生、篠塚さんがいらっしゃいましたよ」と奥に声をかけた。白衣を着た体格のいい四十台後半ぐらいの色黒の医者が奥の部屋から出てきて「永峰です」と挨拶をした。男の子が珂奈子に荷物を渡すと「朱季が案内してくれたのか」と男の子に言い、少し考え「朱季は、うちで待っていてくれ」と言った。そして珂奈子に「では、こちらへ」と奥を案内した。
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