ヤカン

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ヤカン

 友人の辰磨(たつま)が俺の部屋に来たのは、午前三時頃のことだった。 「何だよ、こんな時間に」  幸い俺が夜型だったから良いような物の。 「と、泊めてくれ……」 「は?」 「頼む、泊めてくれ」 「何で? お前引っ越したばっかりだろ。新しい部屋バンザーイって言ってたじゃん」 「出た……」 「何が?」 「分かんねえ。でも出たんだ」  よくわからないけれど、切迫しているのは表情で分かったから入れてやる事にした。 「とりあえず、話してみ?」 「実は、ついさっきまで寝ていたんだ」  時間帯的にはそうであろう。  まあ、俺はゲームしてたから起きているけど。 「で、気が付くとな、俺は湖に腰まで浸かっていたんだ」 「え、何それ」 「で、これは夢だって気付いた。夢を見ながらこれは夢だって気付いたんだ」  明晰夢……だっけか? 「母ちゃんから聞いたことあったんだけどさ。水に浸かってる夢って、小便漏らしそうなときらしいんだよ」  そう言う話は俺も聞いたことがあるな。 「で、慌てて起きなきゃって。無理矢理起きたんだ」 「するとどうした?」 「目をパッと開けた瞬間な、股間の当たりがひんやりしてた。で、じょぼじょぽって音も聞こえた。ああ、やっちまったぁって思ったね」  まあ、思うわな。 「でもな、違ったんだ。いたんだよ」 「何が?」 「すっごい美人。暗がりの中なんだけどさ、月明かりが入って来ててな、その子だけ良く見えたんだ。そりゃもう美人だった」 「ガッキーより?」 「ああ、ガッキーより」  やべぇ。世界遺産レベルじゃねぇか。 「Tシャツだけ着て、下はパンツだったな。足が綺麗でさ……」 「おおー、エロい。それでどうした?」 「その女な俺の股間にヤカンで水掛けてた……」 「は?」 「で、ふとこちを向いてさ、なぁんだ、起きちゃったんだって言ったかと思ったらスーッと消えたの。で、後にはヤカンだけが残ってた」  消えた? 要するに幽霊って事だろう。それはさぞ怖かっただろうな。 「あれは一体なんだったのか」 「幽霊だろ? それしか無くないか?」 「ああそうか、幽霊か……」  何でピンと来てないんだよ。 「でもさ、怖いよな?」 「そうだな。怖いな」  幽霊って理解してなかった辰磨がより怖いけどな。 「だってさ、うちのヤカンじゃないんだぜ?」 「え? そこ? 怖がるところ、そこかなぁ?」 「そもそも、うちにはヤカンなんて無いんだ。無いんだよ!!」 「だからさ、そこかなぁ?」  こいつ、モヤモヤするわ。何なら腹立つわ。 「とりあえず今日ここに泊めて貰ってさ、明日朝一で不動産屋に行くよ」 「ああそうだな。それが良いだろ。隅っこで寝てろ」 「え? 蒲団は?」 「無いよ。俺の分しか」 「お前、どうせ起きててゲームしてるんなら貸してよ」 「叩き出すぞ」  ぶつぶつ言いながら、辰磨は床の上に寝転がり、少しもしないうちに寝息を立て始めた。  しかし、股間に水掛けてくる美人の幽霊か。一体何が目的なんだろうな。
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