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第四回
エキストラの撮影は一ヶ月後。
「聞いて聞いて海人!あたし、エキストラ選ばれたよ!」
「前に言ってたやつ?スゲーじゃん」
「うん!百瀬さんのトークショーに言ったらマネージャーさんに声掛けられてさ」
「は?マネージャー?」
素直に喜んでくれると思ったら、突然訝しい顔になる。
「何で俳優のマネージャーが一般人に声掛けるんだよ」
「トークショーによく行ってて、それで顔覚えててくれたんだって」
「ふうん……それって超限りなく少ない可能性じゃん。そういうこと詳しく知らねえけど、変なのに騙されるなよ」
なんだかその言い方は癪だ。
「何それ。バカにしてる?」
「そうじゃねえけど、知らないやつにホイホイついてくなよってことで」
「そんなの海人に関係ないじゃん!」
赤城は爆発させた気持ちをぶつけて、そのまま振り返らず下校していった。残された海人は虚しく呟く。
「心配してるだけじゃんかよ」
エキストラ撮影当日。エキストラの受付を済ませて会議室へ集まった。出番までにどんなことをするのか流れの説明を受ける。内容としては、怪人に壊されていく町中を逃げるようだ。
「そこの女の子」
「ふえ?あ、あたしですか?」
「中学生かな?ちょっとこれやってほしいんだけど」
エキストラ登録は16歳以上でしょうが。中学生なわけないでしょ。
文句は心の中にしまっておいて、どうするのか台本を見せてもらった。
「いいんですか!?」
「キミくらいの女の子にやってほしいと思ってたんだよ」
それは、倒れてくる柱の下敷きになりそうなシーン。そこにヒーローがやってきて間一髪で助けてくれるというものだ。
赤城は二つ返事で了承した。
「では決まったのでそろそろ撮りまーす。各自準備してくださーい」
撮影本番だ。本物の撮影のセットに緊張が高まる。監督の合図によって撮影が始まった。エキストラの人たちが散り散りに逃げていく。
助けてくれるのは大牙君なのかな?それとも他のメンバーかな?
そうこう考えていたら出番がやってきた。
カメラの前に出ていって転ぶ演技をする。
「カットカット」
「え」
「キミね、もうちょっと自然に転んでみて」
「あ、はい」
意外とわざと転ぶのって難しい……。役者さんってこういうの自然に出来るんだ。
監督の合図で再び開始。少し前のシーンからで、私は思い切り走っていった。
「わあっ!?」
緊張と焦りで足が絡まった。そして本当に転んだ。意地でも演技を続ける。見上げて倒れてくる柱を凝視して、もう駄目だと諦めて目を瞑る。数秒後目を開けると、柱を下から支えて助けてくれるヒーローが目の前にいる。
「!」
「大丈夫か!」
「……っ」
「ケガをしてるのか!」
「あ、だ、大丈夫です!ありがとうございます!」
私は立ち上がり、お礼を行って立ち去った。それからヒーローは別のヒーローとの会話をする。そこでカットが入った。
「いいね。よし、続き行こう」
自分の出番はもう終わった。エキストラ全員の出番が終わり、各自帰っていいとのことだ。けれど緊張はまだ解けない。手も足も震えた。
「あたし……はあ~……もうヤバいしか言葉出ない。というか足痛い」
本当に転んで足を捻ったようだ。ゆっくりと撮影所を出て、近くの喫茶店に寄ることにした。席についてカフェオレを頼む。
「夢みたい……足痛いけどこの痛さは夢だよ」
「夢じゃないさ」
隣のカウンター席に座った人に声を掛けられた。とても聞き覚えのある声で。
「え、あの、え?あの、もしかして、本物……ですか?」
「さっきも会っただろう?本物だよ」
サングラスを掛けていて顔は認識しづらいが、この声は絶対にそうだ。サングラスを上げて頭に乗せると、確信に変わった。
「百瀬さん!?」
「さっきはどうもありがとう」
助けてくれたヒーローは百瀬だったのだ。正確にはシュゴレッドだ。
「どうしてこんなところにいるんですか……?」
「僕の撮影はあのシーンだけだからね。先輩レッドから今の若いレッドに活を入れるっていう」
「成る程……」
17年も前のスーパー戦隊のレッドなんて大先輩だ。それは確かに気合いが入る。シュゴレンジャーは当時人気だった為、今回は台詞ありのゲストとして選ばれたらしい。
「シュゴレンジャーのレッドを演ってたんだけど、まだ高校生位だろうし、女の子だから知らないかな」
「知ってます!あたし、シュゴレンジャー大好きなんです!」
咄嗟に返した。それなのに、百瀬はあまり驚いていない。
「やっぱりキミか」
「え?」
「僕のトークショーによく来てくれる女子高生。エキストラ登録のプロフィールにはスーパー戦隊が好きで、特にシュゴレンジャーが好きって書いてあったから。エキストラ事務所の人に教えてもらったんだ」
「そ、そう、なんですか」
もう訳がわからない。夢だと思っていたのに、更に夢のようなことが起きている。隣に百瀬本人が座っているなんて。
カフェオレと、百瀬にはブラックのコーヒーが届いた。沈黙が落ち着かず、熱々のカフェオレをチビチビと飲んでいく。
「驚いたよ。まさか女子高生がシュゴレンジャーのファンだなんて。しかも僕のイベントによく顔を出すってことは、自惚れてもいいのかなって思ったんだ」
「……あたし、兄のビデオを観てシュゴレンジャーを知ったんです。シュゴレッドが大好きでした。少し間は空きましたけど、シュゴレッドの百瀬さんのことを知りたくて、インタビューの載ってる雑誌も買って、百瀬さんが出てるドラマも観て、会いたくてトークショーにも行きました。百瀬さんがすっっっごく大好きなんです!」
思いの丈を全てぶつけた。夢なら全部言わないと。夢なのにこんなに緊張して、震えて、スッキリした気分になる。
百瀬は満面の笑みで応えてくれる。
「こんなに想ってくれるファンがいて嬉しいよ。最後の俳優生活に出会えて良かった」
「!」
「それじゃあ、マネージャーを待たせているから行くよ。ありがとう」
一気にコーヒーを飲み終えて、百瀬は喫茶店を出ていった。
数日後、新聞や雑誌に百瀬が俳優を引退したと記載されていた。
END
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