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第三回
何とか時間には間に合った。指定席に座って深呼吸をし呼吸を整える。
前の良い席取れたしラッキー。生百瀬さんをたくさん目に焼き付けないと。
始めは司会が注意事項の説明をする。それからだ、本日のメイン紹介。
「ではよろしくお願いします。本日の語り部は百瀬 白椏さんです」
司会が袖にお辞儀をして去っていくと同時に現れたのは、紛れもなく百瀬 白椏本人。赤城は講堂に集まった誰よりも素早く大きな拍手をして迎えた。
「はあ~っ百瀬さん百瀬さん百瀬さん」
小声で名前を連呼して興奮を抑えようと必死である。
中央の壇上に立ち咳払いをして少し掠れた低い声をマイクが拾う。姿勢を正して凜とした佇まい、遠くを見るような真っ直ぐな視線に釘付けになる。
「皆さん、こんにちは」
挨拶をされたら講堂内の客も挨拶を返す。柔らかく微笑む顔も赤城は見逃さない。
「ご紹介にあずかりました、百瀬 白椏です」
聞き心地の良い低音声にただ耳が癒されていく。トーク内容の前に自己紹介から始まる。
「まずは自己紹介をしたいと思います。知らない人の話を聞いても面白くないと思うので。先に聞いてみたいんですが、私の職業をご存知という方はどれくらいいますか?ちょっと手を挙げてみてもらってもいいですか?」
客は幅広い年齢層がいる。高齢者から子供まで。恥ずかしいからか本当に知らないのか、手を挙げる人は多くない。
あたしは知ってます。ファンですから。
赤城は真っ直ぐ手を挙げた。真っ直ぐ百瀬を見つめながら。その時、百瀬と視線が合った。それだけで胸が締め付けられるような、撃ち抜かれたような思いをする。
「はい、ありがとうございます。皆さん恥ずかしがりやですね~。私もまだまだですね、もっと頑張らないとなあ」
なんて謙虚なジョークを交えていた。それからというもの、簡単な自己紹介をしてから本題の地域の安全と犯罪対策についての話が始まった。百瀬単体のトークショー自体は約30分で終わり、休憩を挟んで後半は映像、司会と百瀬のトーク形式でクイズを挟むなどバラエティーに富んでいた。
「本日はありがとうございました」
百瀬は笑顔でお辞儀をして袖へ戻っていった。拍手で見送り、司会の進行で着々と進み、約一時間のトークショーは終わりを迎えた。
「楽しかった……最高の時間だった」
余韻に浸ってニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべながら座っていたら、他の客は颯爽と講堂を出ていく。
「あっ!そうださっきの返さないと!」
我に返るとトークショーの前にぶつかった男性のペンのことを思い出した。慌てて青木という男性が入っていった部屋の前へ向かう。部屋の扉からは電気の灯りや中の人たちの声が漏れてくる。
「どうしよう、中に入っちゃマズイよね。誰かここ通らないかな」
扉には関係者以外立入禁止と札が掛けられている。
「どうしよう……絶対不審者じゃん。公民館の人に渡しとけばいいかな」
寄りかかった壁から背中を離して出口に向かおうとする。
「こんなところで何してるんだ」
「うえっ!?あ、さっきの!」
青木という男性が前から歩いてきた。
「あの、すみません!さっきぶつかった時にこれが落ちてて渡そうと思ってて!」
鞄からペンを取り出して見せる。近づいてきた青木の顔は厳めしい顔から途端に安心したような柔らかい表情となる。
「探していたんだ。これは大切なペンだったから。見つかって良かった……」
「そんな大切なものだったんですか……本当にごめんなさい。あたしがぶつかったせいで」
「ああ、すまない。こちらもさっきは急いでいたし、これを失くしてピリピリしていたんだ。届けてくれてありがとう」
意外と怖くなさそうな人で良かった。これでこっちも安心して帰れる。
「いえ、それじゃあ失礼します」
「……ちょっと待ってくれ。キミ、この前もトークショー来ていたよね」
「はい?」
「百瀬のトークショー」
なんでこんなことを聞いてくるのか不思議だ。客層の中で女子高生は珍しいから知っているのか。
もしかしたらストーカー?
赤城の不審がる姿を見て察したのか、カードケースを取り出して中から名刺を出して渡してきた。
「青木 颯太。百瀬のマネージャーだ」
「マネージャー……え?ええ?」
それから何回も「え?」を繰り返してしまう。自分の耳が信じられない。
「百瀬のマネージャーだ。キミ、よく百瀬のトークショー来てたから覚えてるよ」
「嘘!?」
「嘘じゃない。だから声をかけたんだ」
「マネージャーさんに会えるなんてヤバい!」
「ああ、そっちか。そっちも嘘じゃない。正真正銘マネージャーだ」
話が噛み合っていない。混乱している赤城には何か気の利いたことが言えるわけもなく。
「え、あの、お仕事ですか?」
「それはそうだ」
「あ、そうですよね、百瀬さん来てましたもんね」
すっかり頭が回らない。
そんな赤城を見て呆れているのか一息溜め息を吐いてから、青木は静かに声を掛ける。
「別に今言わなくてもいいことだが、せっかく会ったし伝えておこうと思ってな」
「え?何をですか?」
検討もつかない。こんな初めて会った人に何を言われるのか。
「キミ、エキストラ登録してるだろう?」
「は、はい。一応」
「30周年記念番組のエキストラにキミは選ばれていた。何の番組かは分かってると思うが、郵送で届く筈だ」
赤城は何を言われたのかよく理解が出来なかった。青木は伝えて満足したのか関係者以外立入禁止の部屋に入っていってしまった。その場にいても仕方ない為、赤城は帰ることにした。そして帰宅すると自分宛に封筒が届いていた。封を開けて、中身を取り出して確認し、赤城は膝から崩れる。
「……やった……嘘……でしょ。エキストラ、通った……わああああん!あぁ……あああ……!」
スーパー戦隊30周年記念、歴代のヒーローが集まる特別番組。赤城はエキストラに選ばれていた。天井を仰いでひたすら泣いた。ほんの少しの戸惑いと、目一杯の嬉しさを胸に。
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