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殺し愛デュエット
大の大人が、おんおんと声を上げて泣きじゃくっている。老人は地面に膝を突き、女の足にすがり付くようにして声を枯らした。
「ああ、ああ……!頼む、助けてくれ……!私は許せない、許せないのだ。私から息子を奪ったこの世界が、奴らが……奴らに思い知らせてやるためにはなんだってする。なんだってするとも!!」
男の号泣に、女――アルルネシアは、男に見えない位置でぺろりと唇を舐めた。人の憎悪の、悪意の、悲哀の、苦悩の、なんと香ばしく美味たるものであることか。異世界の運命を、よそからやってきて勝手に滅茶苦茶にしていくな――と誰かさんにはしょっちゅう怒鳴られるけれど。アルルネシアからすれば、そんなものは呼ぶ側がいるからいけないんでしょ?といったものである。
異世界を自由に渡り歩く魔女として、自分が目覚めてから果たして何千年が過ぎたことか。
星の数ほどある異世界のどの場所に降り立つか。実のところ、決めるのは大抵アルルネシアではない。どうしても許せない相手、奪いたい愛、欲しい名誉――そういうものに囚われた人間が、悪意の化身たるアルルネシアを“呼ぶ”ことによって、大抵それは決定されるのだ。
目の前の男もそう。――髪には白髪が多く混じり、顔には多くの皺が刻み込まれている。本来ならば老人と呼ぶにはまだ早い筈の年齢であるというのに、長年の苦悩が男を一気に老いさらばえさせたのだ。海外留学にやった結果、理不尽に息子を強盗に殺されたがゆえに。その強盗が政府高官の息子であったせいで、罪さえも不問に処されたがゆえに。
財閥のトップでありながら、金も土地も名誉も何もかも持った身でありながら――一番大切な息子だけは守れなかった男は。完全に復讐の化身と化して、アルルネシアに助力を願っているのだ。
世界に報復する力を得るために。
その力で、奪われたものを奪い返すために。
「……安心してくださいな。あたしは、そのために貴方の前に現れた魔女なのだから」
アルルネシアは出来る限りの優しい声をかける。つい、と赤いネイルの映える指で男の白髪だらけの頭を撫でれば、彼は心底安心したように息を漏らした。
「必ず研究は成功させてみせますわ。どんな兵器さえも凌駕する……最高の人間兵器を作り出してみせましょう。あの石と、あたしの魔法があればいくらでも夢は叶う。貴方の愛しい子供を奪ったあの国の腐った政府にも、簡単に鉄槌を下せるようになるでしょう。世界が、あたしと貴方のものになる。楽しみに待っていて頂戴……ね?」
「ああ………あああ……!」
なんてあっけないのだろう。自分がほんの少し力を示して、ほんの少し甘言を囁いてやれば。どんな人間も、あっという間にアルルネシアの手の中に落ちてくるのである。何故ならば彼らは自らの無力さを痛いほど理解し、それでもなお過ぎた力を求めんとして魔女へと手を伸ばしてきた者達ばかりであるのだから。
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