第一章 誘い

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05. 肉太郎 「らっしゃい!」  威勢の良い声が、微妙な距離感の二人を歓迎する。  挨拶は昔のラーメン屋か寿司屋といった感じだが、ホールを駆け回る店員は若い女の子だ。  古き良き日本を範とする、それが“肉太郎”。セルフオートメ化が激しい昨今の外食店では、非常に珍しいスタイルである。  人間の店員が注文を取り、どのテーブルにも料理を手で運んでくるとなると、人件費だけでも馬鹿にならない。  紛うことなく、ここは高級レストランだった。  席に案内された俺は、メニューを見ずに注文を伝える。  Aステーキ、コースセット、黒胡椒マシマシ。  Aより上のランクは頼むなと、サヤに釘を刺されており、そこは妥協してやることにした。  特上、アルティメット和牛は、将来の夢に取っておこう。これだって月の収入の一割近い価格で、そうそう口に出来るものではない。  彼女は和風セットを選び、料理が来るのを暫し待つ。  レストランへの道すがら、俺は何度も彼女へ質問を繰り返したものの、答えるのは全て着いてからだとはぐらかされた。  向かい合って椅子に座り、ようやく話を切り出そうとするサヤを、今度は俺が制止する。  ステーキの前に、鬱陶しいお喋りなんて邪魔だ。  精神を統一すべし。  俺の機嫌を損ねたくないからか、彼女も逆らったりはしない。  熱い鉄板ごとステーキが運ばれてくると、サヤも黙々と肉を切って頬張った。空腹なのは、彼女も同じだ。  自分のステーキを味わいつつも、彼女の食事風景を不躾に見つめていると、気づいたサヤが視線を上げた。 「ジロジロ見ないでよ。デミグラスソースは邪道だとか言うつもり?」 「俺は肉原理主義者じゃない。ソースもワサビ醤油も最高だ。もっとよく噛んで食え」 「あっ、でも、早く済ませて話をしたいから――」 「最低十回は噛め。牛が泣くぞ」 「わかったわよ。充分、原理主義者っぽいじゃん……」  いい肉なら、十回噛んだって旨味が溢れ出す。そんな解説もそこそこにして、俺も料理を満喫した。  鉄板の上を空にして、デザートのフルーツ盛り合わせが来たところで、ようやく会話が始まる。  痺れを切らしかけていたサヤから口を開き、まず登録証を奪ったことを謝罪した。 「あなたの能力を見極めたかったのよ。悪かったわ」 「泥棒の真似なんてしなくても、素直に質問すりゃいいだろ」 「それじゃ、本当のことを教えてくれないでしょ。ひったくりじゃハッキリしなかった」 「あれもお前の仕業か!」  カツラと眼鏡で変装して被害者を演じ、ひったくり犯役も仲間だったと言う。  アポートの実態を直接見たかったらしいが、よくやるよ。  だが、そこまで俺の特能に拘ったところからして、サヤは能力の本質に気づいていると推測できる。  口先で言いくるめようにも、ついさっき目の前で実演してしまった。  検診では隠し通して来たのに、登録証を取り返す時は遠慮しなかったからな。 「私の重力操作は、はっきり見える物に対して発動できる。ここからだと、一番隅の席に座ってるオジサンに使うのは難しいかな」 「特能ってのは、そういうもんだ。視覚や聴覚に作用範囲が左右される」 「そう、それが普通。で、あなたは?」  発火能力者は、目の前の壁に火をつけられる。しかし、一キロ先のビルを燃やすのは不可能だ。  ティンカーは外科手術に立ち会い、目の前で切開した腹の中を、特能でいじくる。これも別室から遠隔発動することは出来ない。  どれも理由は簡単、いくら特能だろうが、見えない物を対象には選べないのだ。  接着剤まみれのケースから、俺は登録証を取り出した。  サヤが注目したのは、そこ。  見えないカードを、どうやって能力対象にしたのか。 「あなたのアポートは、視覚外から取り寄せられるんでしょ?」 「まさかあ」 「しらっじらしい! 目の前でやったくせに」 「気合いで、多少はね」 「気合いで発動できたら、特研は要りません。往生際が悪いわよ」  やはり誤魔化すのは無理か。  メロンをつつきながら、目の前の少女を値踏みする。  歳は俺より下。髪は金色だが、眉毛はブラウン。  口元の引き締まった顔付きは、第一印象より知性的かもしれんと微修正した。知性的な変態だ。  こいつが話をするに足る人物か判断するのに、ちょうどよい質問がある。  どう反応するかでそいつの価値観が窺い知れる、特能保持者向けの便利な名前が。 「お前、篠目(しのめ)(そう)を知ってるだろ。どう思う?」  親の仇でも見つけたように、サヤの表情が急変した。  篠目の名を聞いて、ここまで嫌悪感を剥き出しにする人間も珍しい。  自らも能力者でありながら、篠目は特研の幹部であり、各種団体の長も兼任する。  メディアにもよく登場する時代の寵児というやつで、能力者の社会支援にはヤツが絡んでいることが多い。 「あんなの、能力者の敵よ。自己中のナルシストで、言動は支離滅裂」 「この前は、私兵を派遣して、紛争調停までしてたよな。華々しい活躍じゃねえか」 「私兵って何よ! 能力者の軍事利用なんて、まともな人間のすることじゃない」  不本意ながら、意見の合うところもあるようだ。  大金持ちの癖に資金の出処は不透明で、特にここまで成り上がった経緯は誰にも知られていない。  ただ、最近に限れば、篠目は軍事で大儲けしているのだと俺は踏んでいる。  今の世の中、派手な戦争は減ったものの、小規模な紛争は逆に発生場所を広げてしまった。  特能を利用したテロリスト(・・・・・)の制圧は、既存の兵器戦より人的被害が少ないと、概ね歓迎されている。  洗脳工作もできれば、暗殺も得意。  障壁能力者なら銃弾の中を突き進めるし、視認範囲に入った敵は爆破能力者の餌食だ。  しかし、こんなの新型ミサイルとどこが違う?  いずれ敵も、特能を使い出すだろう。  そうなれば能力バトル――コミックの世界が現出してしまう。  篠目を胡散臭いと言い切る彼女を、俺はいくらか信用してみることにした。  話くらいは聞いてやってもいい。 「いいだろ、実演しちまったからな。認めよう、俺のアポートは見なくても使える……かもしれない」 「思った通り! 初めて発動させた時の記録なんかを必死で読み込んで、そうじゃないかって考えた」 「他人にバラす気なら、全力で阻止するぞ。何としてでも、だ」 「心配しなくていい。秘密は絶対に守る。でも、最初はあなたも隠してなかったんじゃ?」  特能が発現するのは、大体において十歳から十五歳くらいが多い。小中の学校検診で、誘発因子を注射するからだ。  能力が判明した者は、すぐに特研へと送られて登録される。  稀にその時点では無能力者とされながら、のちに力を得る者もいた。  俺もそのクチで、高校を卒業する年の冬、寮の自室で消しゴムを移動させたのが最初だ。  研究所での検診は、汎用の力量測定から始まった。  どれくらいの潜在力を持ち、身体への影響は出ているのか。薬とコードまみれにされた数日後、特能の分析に進む。  左手に掴んだテニスボールを、右手に移動させる。  当時の俺でも、こんなテストは朝飯前で、徐々に要求される内容は高度になった。  透明のビニール袋に入った状態から、ボールだけを取り寄せる。これも楽勝。  混ざった二色の絵の具から、一色だけを切り離す。これは失敗し、左手を汚しただけで終わる。  机に積まれたカードの山から、任意のカードを抜き出す。  この試験に成功したせいで、研究員の目の色が変わり、同様のテストが数十回と繰り返された。  精神力を使い果たそうかというテスト漬けにも、決して不平はこぼさない。  それどころか、俺は喜ばしいことだと考えた。  特能者を嫌う者もいるが、基本的には貴重な人材であり、現代社会を運営するには必要不可欠となっている。  もうとっくに諦めていた取り柄の無い孤児が、一躍能力者になれたのだ。気分も高揚して当たり前だろう。  まして研究員が熱を帯びて観測を始めたとなれば、高ランクの能力なのかと期待もする。  カードの次は、封筒に入れた金属片を取り出してみせた。目隠しをした状態でだ。  封筒の材質を変えながら、これも十回ほどテストする。  紙で包もうが、プラスチックプレートで挟もうが、俺のアポートなら難無くクリアできた。  その翌日が最終検診となり、結果次第で採用先が決まると告げられる。  能力者をどこで運用するかを決定するのも、特研の仕事の一つだ。  ティンカーのように病院勤務、あるいは大学で先端技術開発の支援。輝かし未来を思い描いて、その夜は何度も目が覚めてしまった。  我ながら、浅慮なバカだと思う。  テストが何を意味するのか、どうして研究員が興奮しているのかなんて、その時は考えが及ばなかった。  明朝、テーブルに置かれた実験素材を見て、俺はギョッと目を見開く。  ボールでもカードでもなく、研究員は鶏肉を用意していた。  毛を(むし)り、内臓を処理しただけの一匹丸ごとのニワトリだ。  鶏肉は骨付きで、俺への課題は“肉の中から骨だけ取り出せ”だった。  まだ冷たい鶏皮は生き物の弾力を残しており、研究室の硬質な雰囲気にはそぐわない。  見守る研究員の視線も妙にギラつき、何か異様だと頭の中で警報が鳴った。  こいつらは、俺の力を生物に使わせようとしている。  死んだニワトリの次は、生きたモルモット?  その次は何だ。俺はどこで働かされる?  この鶏肉実験で初めて、アポート出来ないと嘘をつく。  何回やろうが、全て失敗。その時の研究員の落胆ぶりは、頭を抱えんばかりだった。  カードを引き抜けたのは、側面に触れていたから。封筒の際は、外側から凹凸を感じたから。  俺の能力は触覚が発動条件だと、結論づけられる。  視覚依存よりも珍しいが、色めき立つような力ではない。  触覚依存であるなら、プラスチックで隠したときの実験結果が矛盾する。  この事例に引っ掛かりを覚えた特研は、その日以降もなかなか俺を解放してくれなかった。  ひたすらテスト成功を再現しようと、一週間はプラスチックの板や箱相手に奮闘させられる。  アポート不可能と偽るのは簡単で、適当に唸った挙げ句に、ダメだと告げるだけだ。  “特異な能力ながら、実用性に乏しく、力量も微弱”  辛辣なコメントとともに、俺は二級能力者の判定を勝ち取った。  初期のプラスチック実験が不可思議な結果を残したことは、現在も申し送られているらしい。  定期検診の度に、触覚依存ではない(・・・・)アポートを、一連の能力検証実験にコソッと交ぜてきやがる。  他人よりもやけに時間を要する検診には、こんな裏事情もあった。  これまでの経緯をかいつまんでサヤへ説明した俺は、念のためもう一度彼女に釘を刺す。 「本当の能力がバレたら、俺の人生はムチャクチャになるだろう。そんなこと絶対にさせねえからな」 「わかってるって。肉好きなのに、精肉作業は嫌いなのね」 「おい、そんな話だったか? ちゃんと聞けよ!」  秘密を打ち明けたのは、失敗だったんじゃなかろうか。  ヘラヘラと笑うサヤの態度は、俺の不安を掻き立てた。
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