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「慎ちゃん、最近どう?」
「どうって何が?」
いつものやつからね、と差し出されたジントニックを傾けながら、慎はチラリと目をカウンターの方に向ける。
ユウタは子狸のような可愛らしい顔をしかめて、腕組みをしながら慎に顔を近づけた。
「とぼけないでよ。最近ドキドキしてんのかって聞いてんの」
「ドキドキ、か……」
グラスに反射する照明の光を見つめながら、慎は仲谷の顔を思い出していた。
「最近、結構いい男に出会ったよ。電車の中でじっと見つめられて、ちょっとドキドキしたかな」
「えー? どんな男?」
「なんかチャラそうな感じ。女連れだったし、バイかも」
「ふうん……」
「実はさ、一昨日、その男に名刺渡されたんだよ」
「うそっ、それナンパってこと?」
「ビミョー。よくわからない」
ユウタは身を乗り出すようにして慎の話に食いついていたが、溜息をつくと、「やれやれ」といった風に額に手を当てた。
「あーもう。慎ちゃん、絶対その男にハマりそう……」
「なんで?」
「だって慎ちゃんって、そういう男好きじゃん。元彼もバイの色男だったし」
「……」
ユウタの口から出た『元彼』という言葉に、ピクリと反応する。過去の甘い思い出と、苦い思い出の両方が蘇ってきて、慎は黙り込んでしまった。
その様子を見て、ユウタは何か思うところがあったらしい。慎をさりげなく気遣うように、穏やかな口調で言った。
「慎ちゃん、そろそろ新しい恋してもいいんじゃない?」
「……」
「でも僕は慎ちゃんが泣くとこなんか、もう見たくないな。だから……慎重にね」
ユウタは小首をかしげて、心配そうに慎の顔を覗き込む。
「心配しなくても、俺は大丈夫だよ」
慎は苦笑いをして、またグラスを傾けた。心の中で、「本気になるつもりなんか無いから」と付け加え――いや、自分に言い聞かせるようにして。
そんな慎の頑なな態度に、ユウタは眉尻を下げて苦笑いしていた。
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