01 庸介という男

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「今日はどんな感じにしますか? って言うところなんですけど――」 「?」 「先日のお礼にタダにしますんで、その代わり、オレの好みの髪型に切ってもいいですかね?」  ――なんだ。要するにカットモデルが欲しかったって事かよ?  なんだか肩透かしを食らったような気分になる。慎は振り向いて、仲谷を軽く睨んだ。 「お礼だなんて、うまいこと言って……練習台になれってことじゃないですか」 「駄目ですか?」 「いや、駄目ってこたないけど……」  仲谷は椅子の背に手をかけ、中腰になると、慎に頬を寄せるように顔を近づけた。 「オレね、実はだいぶ前から、時々電車で峯村さんのこと見てたんです」  思いもよらぬ事を囁かれ、慎は動揺した。鏡の中の仲谷は瞬きもしない。慎の視線と、妖しい光を放つあの視線が、鏡の上で交差する。 「あ……そうなんですか?」 「はい。格好いい人だなあって。頭蓋骨の形がいいですよね。髪の密度も濃いし……もっと似合う髪型にしてあげたいなって、いつも思ってたんですよ」  そう言って、仲谷は慎の頭に指を這わせた。 「へえ、やっぱり職業柄ですか? そういうところ見るのって」 「ええ、まあ。それだけじゃないけどね……」  素知らぬ顔でとぼける慎に、仲谷は意味深な一言を添えてニヤリと笑う。その目に、『アンタを誘ってるんだよ。気付いているんだろ?』と言われているような気がして、胸の鼓動がどくどくと暴走し始める。  頭蓋骨の形を確かめるように、それか愛撫でもするかのように、ねっとりと指先が髪の上を這っていく。仲谷の手は暖かい。暖かいを通り越して、熱いようにも感じた。 「……わかりました。仲谷さんのお好きにどうぞ」  慎が観念するようにそう言うと、仲谷は嬉しそうに、人懐っこい笑顔で白い歯を見せた。
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