01 庸介という男

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 * * *  会計を終え、美容院を後にしようとすると、閉まりかけた扉から身を乗り出した仲谷に、慎は引き止められた。 「今夜空いてる? オレ、峯村さんとまだ話したいんだけど、よかったら飲みにでも行かない?」  そんな常套句のような言葉を並べ立てて、仲谷は慎を誘った。  腕を掴んでくる手のひらに滲む汗。そのじっとりと湿った熱を感じながら、慎は「行けるかどうかは、わからない」と俯きがちに答えた。  駆け引きのつもりで、思わせぶりなことを言ったわけじゃない。慎の心には、仲谷に興味を持ち始めている自分と、まだ迷いを抱いている自分がいた。  仲谷は無理強いはしなかった。「駅で待ってる。気が向いたら来てよ」と言って、大体の帰宅時間を告げ、笑顔で慎を見送った。  散髪を終えた後の予定は特に無かった。  慎は一度自宅に戻り、ベッドに寝転がって思案した。仲谷の誘いに乗るべきか否か――悩み続けているうちに、そのモヤモヤとした気持ちは、悶々とした下半身の疼きに変わった。  そして結局、慎は仲谷に言われた通りの時間に、駅に向かうことにした。ある意味で素直すぎる自分自身に、情けなさを覚えながら。
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