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* * *
「峯村さん、峯村さーん」
「なんだよ」
ほろ酔いで上機嫌の仲谷が、慎の腕に絡みつく。居酒屋の赤い暖簾をくぐり、外に出てすぐのこと。人懐っこい犬のような仕草と、頬を薄っすらと赤くしたその顔を見ながら、慎は目を細めた。
駅の改札口で合流し、それから二人で、寂れた商店街の中にある居酒屋に入った。
一時間ほどの間、何を話したかはあまり記憶にない。ただ、カウンター席に肩を並べた仲谷の小指の先が、こっそりと慎の手に触れてくる瞬間が何度もあった。その度に慎も、素知らぬ顔でジョッキをあおり、偶然を装いながら仕返しのように仲谷の手に触る――そんなやりとりをしているうちに、アルコールの力も重なって、二人の距離はどんどん近付いていった。
「峯村さん、オレ、見ちゃったんだけど」
「何を?」
「今日さ、オレが髪切り終わって、仕上げのマッサージしてる時、勃ってたよね?」
ぎくっと肩を震わせる。
仲谷は慎の顔を覗き込んで、ニヤニヤと笑っている。
「もしかして、さっき居酒屋で触った時も、カウンターの下で勃ってた?」
「……ふふっ」
内緒話をするようにヒソヒソと囁かれ、慎も笑った。フワフワとしたいい気分だった。このまま漂うように、仲谷と夜の闇に溶けてしまいたい。
仲谷はそんな慎の心を察してか、絡みついていた腕を解くと、手首をそっと掴んで慎を導いた。
夜の商店街は人通りが少なく、薄暗い。二人は手を取り合うようにして、狭い裏路地の影に身を隠した。
「ねえ」
「何?」
「慎君って呼んでもいい?」
「いいよ」
「オレのことは庸介って呼んで」
「いいよ」
「慎君……これからオレの部屋に来ない?」
「……いいよ」
頷くと、仲谷は――庸介は微笑んで、慎をそっと抱き締めた。
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