*03 Tomcat〈雄猫〉

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 * * * 「おかえりユウタ――あら、慎ちゃんいらっしゃい」  ユウタと連れ立ってバーの扉を開けると、カウンターの中でママが手を振った。どうやら他の常連客と話し込んでいたようだ。邪魔をしないよう、慎は会釈をして、カウンターの端に座った。 「暑いから、ビールでもどう?」  ユウタの勧めに、黙って頷く。  やがて目の前に黄金色のグラスが差し出されると、慎はそのきめ細やかな泡に唇をつけて喉を潤した。 「それで慎ちゃん、今日はどうしたの?」 「どうって何が」  グラスを置いて、慎はユウタをじっと見る。 「まーたとぼける。慎ちゃんがここに来る時なんて、決まって何かモヤモヤしてる時でしょうが」  ユウタはまるで海外アニメのキャラクターのように、顔を大げさにしかめてみせた。そして少し前のめりになると、小さな声で 「例の男とのこと、何か引っかかってるんじゃないのー?」  と、内緒話をするように言う。  図星だった。ユウタには、どんなことでも見透かされてしまうようだ。慎は苦笑いをして、重い口を開いた。 「実は俺、アイツから一番最初に、『付き合って欲しい』って言われてたんだ」 「えっ? でも――」 「そう。俺、断った」 「ふうん。で、今はセフレに落ち着いたってワケ?」 「……そういう、スカッと割り切れてる関係でもないんだ」  慎はグラスの中で次々に生まれる、小さな数珠のような泡を眺めながら、俯きがちに言った。 「出会った時は、ただのチャラそうな男だと思ってた。でも、違ったんだ。本当は誠実な男なんだ。知れば知るほど、それが分かる」 「……」 「それなのに、俺は気持ちに真正面から答える勇気がどうしても出ないんだ」 「……」 「俺は嫌な奴だよ。予防線張っとかなきゃ耐えられないんだ。傷付けるだけだって分かってるのに、アイツの好意に甘えて、中途半端なことし続けてる」 「……要するに、慎ちゃんもその人の事が、好きになり始めてるんだね?」  慎は「わからない」と言って力無く首を振った。しかし、こうして真剣に頭を悩ませていることそれ自体が、庸介への愛情のようなものだ。  ユウタはそれを理解してか、困ったように微笑んで、慎に優しく問いかけた。
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