初校

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初校

 春が訪れてからしばらくは経ったというのに、冬のような寒さが応える四月の朝、僕は幼なじみの女子高生と二人、高校近くまでの長い桜並木を歩いている。その彼女は僕の半歩先をスタスタと歩いていたが、ふと、こちらを振り返った。 「何、どうしたん?」 「うーん、用がなければ振り返っちゃダメ?」  彼女は不思議そうな顔でこちらに問う。 「まあ、別にダメではないよ」  そう答えると、何故か彼女は少し低い姿勢になって、見上げるようにして俺を凝視してきた。  あまりにも長い間見るもんだから、 「流石にそう、ジロジロ見られるのはちょっと……」  気恥ずかしさから、頭を少し掻きながらボソッと話すと、彼女は、 「そうね、智也が照れてるみたいだし、もう止めにするね」  俺のことならなんでもお見通しだよ、と言わんばかり顔をする。そして、しばらくして何か閃いたのだろうか、今度はパッと明るい顔になって俺に話しかけてきた。 「もしかして智也、この私に惚れた?」  いやいや、どこからその自信が来るのだろうか、その可愛らしく整った顔からか? それとも幼なじみという、いかにも恋愛が始まりそうなポジションからか? そんな浅はか理由で俺は恋をしてるんじゃないぞ。  思わずそんなことを口走りそうになったが、これだと彼女に追求される要素が増えるだけなので、代わりに、 「逆にその自信満々なところに惚れたわ」  って答えた。すると彼女は退屈そうな顔をする。 「えー、なんかつまんないの」  つまんなくてすみません。てか、俺の反応を見て楽しむつもりだったのか。まったく幼なじみとはいえ恐ろしいものだ。 「つまらないんだったら、アキ、他になんか面白い話題は無いのか?」  幼なじみの——今泉アキに俺は訊いた。 「んー面白い話題ね、えーっと、あっそうだ! 智也は結局どこの部活に入るの? やっぱり新聞部?」  果たしてその話題が面白いのかどうかはよく分からないが、この話題のチョイス自体は悪く無い。 「うん、多分このまま行けば新聞部に入ると思う。ちなみに、アキはどの部活に入るの? やっぱり運動系の部活動?」  運動が得意なアキは当然、何かしら運動系の部活動に入るのではと思っていたが、 「私はね、文芸部に入ろうと思うの」  衝撃の告白に思わず俺は、えっ、と言葉が飛び出ていた。 「何よ、私が文芸部に入るのがそんなにおかしいの?」  ちょっと怒ったようにアキは訊いてきた。 「あ、いや、そういうことじゃなくて、ただ単に驚いただけ。別におかしいとか思ってはいないから。でもなんで文芸部に?」  正直、アキが小説を読むやら書くやらする姿を想像することが出来ない。 「実はね、春休み頃から本にハマっちゃってね、何冊も漁っているうちに自分も小説を書きたくなっちゃったの。それが文芸部に入る理由」  なるほど、春休みの間にそんな変化があったのか。これまた驚きだ。 「ちなみにどんな感じの小説が好きなの?」  自分はどちらかっていうと小説を読むクチなので、どのようなジャンルが好きなのか気になる。 「そうね、私はヒロインが死ぬ系の小説が好きかな」 「えっ、死ぬ系が好き……」  俺が若干引いていると、アキは慌てて訂正。 「ああ、言い方が少しまずかったね。どちらかって言うと難病系って表現するのかな。悲しくて切なくて感動するようなラブストリーにハマってるの」 「なるほど、そういうことだったのか」  俺が納得すると、アキは、ちょいっと前に進むと、こちらを振り返った。 「だから私、文芸部に入って小説を書くのが楽しみなの。いつか自分も泣けるような話を書けたらなってね」  ニッコリとアキが笑う。その瞬間、春風が吹くと同時に、桜並木の花が一斉に舞い散った。そんなドラマティックな光景に、俺は想像を超える高校生活を予感せずにはいられなかった。  実際その予感は、遠からず近からず当たっていたのではあったが、それはまた後の話である。
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