8.蛟の儀

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8.蛟の儀

 ーカガミ様、何処へ向かうのですか?  ー儀式の地だ。そこで無事に子を宿す力を貰うのだ。  ー力を貰う?何からです?  ー鏡の中か、あの月か、この池か……、もしくは別の世の狭間にある、私達にも 言い表わせない大きな存在。いや、『存在』や『有る』とも違う。  ーそれは『神様』?  ーさあな。私達には人が考える『神』という概念は恐らく理解できない。  私達が理解してることは見合ったものを差し出し、必要な分だけの力を得るという、単純かつ理にかなった事だけだ。  ー私はそこで上手くお力添え出来るでしょうか?  ーお前はありのままを『授かる』だけでいい。  後は私が『受け』よう。  雲一つない満月の夜。  複数の小島から最も遠ざかった場所にある湖の中心。  その場所には湖底から自然に突出した八つの岩が輪を描くように並び、その中心には断層がせり上がったようにして出来た小島があった。  小島には、天に届きそうな程背が高く、人が10人手を繋いで囲んでも足りない程太い幹をもった樅(モミ)の木が一本月に向かって生えていた。  小島の下のその静かな水面付近には小舟が見える。    小舟から二人の男女が上着を脱ぎ捨て、倒れこむようにして湖に飛び込むのが見えた。人間の姿のカガミとキヨだった。  カガミの白い体が衝撃を和らげるためにキヨをしっかりと抱きかかえている。  水中の中ー。月の青白い光が湖の水中に差し込み、水底の透明な花のついた水草とガラスのように輝く蛟の長い遺骨を照らすのをキヨは見た。  カガミが白蛇の姿に変わり、キヨの腰に長い胴を巻きながら彼女が沈まないように支えた。    二人はやがて水面から上へ顔を出す。  瞬きしない赤紫の目がキヨの目の前に迫る。キヨは表情を変えずカガミの口元に手をそっと触れて、息を深くゆっくりと吐いて目を閉じた。  カガミはそれに応えるように胴の半分から尾をキヨの腰から下に固くしっかり巻き付かせた。  「……っ。」  目を閉じたまま一瞬吐息を漏らし、カガミの胴にしがみ付くキヨ。カガミはその肩を下顎で撫でながら見守った。  キヨのつま先がカガミの尾を撫で、その周りを薄く血が一筋だけ流れ泡と共に水に溶けてゆく。  カガミは雪のように白くて長い胴をくねらせる。その度に月の光を吸い込んで無数の鱗を輝石のように鋭く輝かせた。  キヨは脳裏に流れゆく泡のような、蛍のような、広がる光を感じ、それを想像の中で包もうとする。  やがて、キヨに巻きつくカガミとしがみ付くキヨの体勢が、捻った縄に近い状態になった。   53c69a76-35f9-456b-8a9d-70a3c49173ff  月が最も高く昇った時、カガミは胴の半分から上を伸ばし樅と月の方へ頭を高く上げた。  風が止み波が消えて、湖は月と夜空を映す鏡のような状態になる。  一瞬の静寂の後ー。月を中心に目を開けていられないほどの閃光が、轟音をたてながら空の果てまで駆け巡った。    月とも太陽とも言える光の環から、尾を引く液体がキヨめがけ流れ落ちる。    最後にキヨの脳裏に見えたのは、体の長い透明な蛇のような生物だった。     衝突の瞬間から暫くして、キヨは目を開いた。  いつの間にか館に戻ったらしい。自分が寝ている寝具から天井の木目や、慌しくしている官女達の顔や、うなだれる蛇のカガミが見えた。  カガミの白い体は所々鱗が剥がれ、光を失っていた。  「……私はいい。先に彼女に傷がないか調べろ。」  低い声で言い放つカガミの声が、耳鳴りと共に遠くに聞こえる。    キヨは腹部をさすりながらぼんやりとする視界で天井を見上げていたが、やがて何処からか聞こえる泡の音に誘われ、そのまま眠りに落ちた。
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