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9.雨乞う子
少しくすんだ色の空から少しだけ強くなった日の光が、まだ残雪を被った森や丘、その上の湖を包む。
メジロやウグイスなどの鳥の声が響き、草花が花弁を詰め込んだ蕾を膨らませ始めている。
雪解け水で屋根が濡れたカガミの館の庭でもまた何種類もの花木が春の訪れにその蕾を変化させ始めている。
庭には高貴な装いの幼い子供と若い母親の姿もあった。
子供はまだ歩き方がおぼつかないほど幼い人間の子の子に見えるが、黒髪に生やした小さな角や赤紫色の瞳、それから蛇のような短い尾を尻の辺りから生やしているという変わった特徴を持っている。
紅の唐衣姿の母親ー、キヨは虚ろに空を見上げている。
物を持って忙しく動き回る官女が廊から声をかける。
「奥方様?どうしたんですかそんな所で。」
「ええ……。」
「主様ならいつものことですから大丈夫ですよ。森の地底で休めば大抵は元気になるんです。
それに春だし森からそろそろ出ていらっしゃいますって。」
官女は浮かない様子を察したのかキヨを励ますように笑って見せた。
「かか様!向こうのはぐれた雲を取ってきてあげる。」
「ニニギ?転ばないように気を付けて行くのよ。」
ニニギと呼ばれた子供が湖の方にかけていくのを、優しく嗜める。
暫くすると池から白い体をした小さな龍のような生き物がしぶきを上げて現れ、体をくねらせながら空に登って行った。すると間も無く、柔らかな日の光を残したまま、しとしとと小雨が降り始めた。
「あら、ニニギ様ったらいい小雨ですこと。今年の冬は乾燥してましたから良いお湿りですね。」
官女が楽しそうに空を仰ぐ。
キヨもまた様々な色彩の光が乱反射する空の間を舞う我が子を見て微笑んだ。
「少しやんちゃなのは私似だろうな。」
ふと横を見ると水から上がって来たばかりの蛇のカガミがキヨの隣に佇んで居た。
少し身が細くなったが、白い体は輝きを取り戻していた。
キヨは一瞬目を見開いてから、少し泣きそうな顔で笑った。
跪き、濡れたカガミの頭を袖の端で拭いてやる。
「とと様ー!!お帰りなさい!」
ニニギが龍から人間の姿になりながら、ふわりと舞い降りカガミの背中に跨った。
「おはようございます。カガミ様。」
雨は止み、虹は空にかかったままだった。
<完>
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