プロローグ

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10c4e08e-899f-46f7-8727-42de90bf87fb                 目次           プロローグ          第一章   4月の春          第二章   5月の春          第三章   6月の春          第四章   7月の春          第五章   8月の春          第六章   9月の春          第七章   10月の春          第八章   11月の春          第九章   12月の春          第十章   12月の春          第十一章  12月の春          第十二章  終わりの春はじまりの冬          エピローグ 3月の春  「冬は死の季節なんだよ」  それまで僕が彼女に抱いていた印象はとても明るいものだったので、その時の彼女の声色、抑揚、言葉使いに、僕は彼女がいつのまにか他の誰かと入れ替わったのではないかと疑った。  「草木は枯れる」  僕はこれまで彼女とまともに会話をしたことがなかった。嫌いとかではなく、単純に興味がなかったのだ。彼女だけではなく、彼女以外の誰にでも、僕は興味がなかった。  「虫は死ぬ」  だから彼女が話かけてきても、いつも僕は無視をして目を合わせなかった。だけど今は身体が彼女の言葉に反応してしまっていた。  「卵は地中で時を止める」  彼女の声がさらに小さく、無機質なものになる。聞き取れるギリギリの声。けれど、そこには明確な意思が在った。僕は彼女の存在を確認せざるを得なくなっていた。  「水は凍る」  僕の視界に彼女が入る。  「空気は凍てつく」  僕は顔を上げ彼女の顔を見る。彼女は乾いた瞳で泣いていた。涙こそ流れていなかったけれど、その時彼女は、確かに泣いていた。  「冬は世界を終わらせる季節なの」  その時彼女の顔は悲壮と喜びに満ちていた。僕は戸惑いながも、自分が彼女に興味を持ったと感じてしまった。この世界に悲しみと喜びを両立させた表情があることを、彼女がそうした表情の持ち主だということが、僕の心を揺さぶるのだった。  彼女はしばらく言葉を止め、僕の瞳を覗き込む。彼女の黒い瞳に吸い込まれ、僕は身動きが取れなくなっていた。  僕は、彼女の言葉の続きを待った。彼女はそうした僕の表情を読んでか、口元を綻ばせ、こう続けるのだった。  「だからさ、私はそんな冬をとても魅力的な季節だと思うの」  ―ー今、思えば。  それは彼女にとって告白にも似た言葉だったのだと思う。ただ、当時彼女に出会ったばかりの僕が、いや、人とまともに会話をするようになった僕が、そうした彼女の想いに気がつくには、まだまだ時間も経験も足りなかった。  季節は春。そして僕は彼女に見つけられた。  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  悲しみと喜びを混在させた表情。吸い込まれてどこまでも落ちていきそうな黒い瞳。あの時に僕が彼女の想いに気がついてあげられれば、また違った結末があったのかもしれない。乾いた空気の中、僕はそう思っていた。けれど、それはもうどうしようもないことだった。  季節は冬。僕は彼女の全てを終わらせようとしていた。
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