さとがえり

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さとがえり

一日目 「折角の同窓会なんだから、参加しときなさいよ。ついでに私の代わりにおばあちゃん病院につれてって貰えると私としても助かるし」  その言葉で僕は随分と久しぶりに神崎に戻ることを決めた。  いろいろ思うことがあったとはいえ、十年以上過ごした街に長いこと寄り付かないでいることには罪悪感を感じていた。広い家に一人で暮らす祖母にもたまには会っておきたかった。  そういうわけで、元々帰りたいとは思っていたのだ。本当に。  けれど、どうにも踏ん切りがつかなくて、でもいきたい気持ちはあって、ずっと階段の踊り場か坂道の上で下を見ながらつま先立ちしているようなものだった。  心が決まってしまえば背中を押した母すら驚くようなとんとん拍子で、日程も行き帰りのバスや電車もすぐに決まった。  折角の里帰りで一人旅である。なかなか帰るに帰れない理由はあったものの、帰ると決まれば話は別だ。小さいときに行ったあちこちがどうなっているのか見ておきたい。どうせ休みの間はとりたててすることもない。  僕は校舎改修などにより夏休みの一部が振り替えられた長い冬休みを利用して十日程神崎に滞在することにした。旅行計画は初日と最終日、それと祖母が病院にいく五日目、同窓会の九日目以外は無し。一人旅ならではの気楽さである。  電車を乗り継ぎ、神崎に隣接する甲里市の甲里城前からバスに揺られて三十分。山を迂回するように作られた海沿いの道から神崎に入る。穂街地区の端を通り、街の中心部にたどり着く。バスを降りたアーケード街は神崎市内でトップクラスに人が多い場所である。  祖母の家付近へのバスは五十分後。方面が同じだけのものなら二十分に一度はあるのだが、荷物のほとんどは夕方届くように送ったとはいえ、それなりの荷物量だ。なんども乗り換えをするよりは、と一本でたどり着くバスを待つことを選んだ。  バス停の側、おば様方が好きそうな服の店の上にあった小さな喫茶店に入り、メニューの最上段に有ったコーヒーを頼む。壁に寄り掛からせるようにリュックを置いて、窓の外、アーケードを歩く人々を見下ろす。  話し声を聞けば抑揚だとかスピードで区別はつくが、ここから見れば神崎の人も都会の人もたいして変わらない。ここに来るまでにみた景色も相変わらず人気のほぼない穂街地区を除けば普段暮らす、都市脇のベッドタウンと建物の多さじゃ遜色ない。ただ、シャッターの降りた店や古い木造住宅の割合が多いだけだ。クリスマスカラーの場所も少し少ない。  頬杖をついてぼんやりとながめていれば、ベンチに座り寒さからか足をぱたぱたと動かしている女の子がいる。明るい黄色の服を着た、小さな子だ。その子と距離があるにも関わらず、目があった気がした。
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