さとがえり

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「ホットコーヒーです」  なれた動きでトレイからコーヒーを僕の前に置いたウェイトレスさんは、整った笑みを浮かべて 「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」  と僕を見る。僕が頷いたのを確かめればウェイトレスさんは伝票を置き、ぺこりとお辞儀をして離れていった。  僕は再び窓の外をみやる。先程の女の子の姿はない。保護者と合流したのかおもちゃ屋にでも入っていったのか。小さい子にはこの通りは楽しくて仕方ないに違いない。おもちゃ、本、小さな駄菓子屋。食事処も和、洋、中華と選び放題だ。  母親と始めてきたときは全部見て回ろうと意気込んだのを思い出す。結局その日は半分も見ずに疲れてしまったけれど。  コーヒーに口をつける。おすすめと書いてあっただけあってまろやかで飲みやすい。  端末を取り出して、母親に神崎へ到着したことを伝えると、程なくして、お疲れさまとウサギのスタンプが返ってきた。  結局、四十分ほどそこで時間を潰し、バス停に降りる。広い通りの中央を普段住んでる辺りじゃ見かけることのない路面電車が通過していった。その後に続くように待っていたバスがやって来て、僕の前で止まる。  「KAMISAKIアーケード前です。お降りの方は足元にお気をつけて前方からお降りください。  このバスは神崎病院経由、音羽温泉郷行き、音羽温泉郷行きでございます」  バス中央の入り口から乗車し、丁度空いていた席に腰を下ろす。膝の上にリュックを移して、辺りを見回すと僕の後にももう何人かがこのバスに乗車して来ているのが見えた。  その全員を乗せ終わるとバスは扉を閉めてゆっくりと動き出す。終点は神崎市内の東部にある音羽の温泉郷だが、大きく迂回して向かうため、乗客の大半はその途中に住む神崎市民だろう。主婦や学校帰りの生徒の制服姿がちらほら見受けられる。 「ねえ、あとどれくらい? どれくらいでおうちつく?」  そう、聞こえてきた子供の声の方をちらりと見やる。窓に両手をつけ、顔もほとんど窓に押し付けるように外を見つめる女の子。その肩のあたりの黄色には見覚えがあった。さっきの子だ。親の声と姿は見えないが、響いてくる彼女の声からするに母親と一緒なのだろうと推測できた。僕はそっと他の客たちを見る。彼らが全く意に介していないのを確認して、ほっとする。
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