さとがえり

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三日目  祖母の住む家は広い。それを認識したのは神崎を出てからだったが、二階建ての一軒家を取り囲むように広がる庭なんぞは僕の普段住むあたりじゃそうそう見ることはできない。  今じゃ随分と荒れているが僕ら家族がこっちで暮らしていた頃は日当たりの良い家の南でトマトや胡瓜なんかを小規模ながら栽培していた。それとは別にヨモギや、むかごなんかは育てても居ないのにいつのまにか生えていて、時折、むかごご飯やらヨモギ団子へと姿を変えていた。食べられるものの少ない場所は僕らのテリトリーで、泥団子を作ったり、地面を掘って水を流したり、水の流れたあとにできる妙にやわっこく艶のある土を少しずつプラスチックのボールへと集めたりしていた。  春には菫の花がぽつぽつと咲く。夏には駐車場となっていた砂利の敷かれた広場脇の花壇で花が咲いた。秋になれば北側の日本風の庭に植えられた紅葉が色付いたし、冬には今よりも少し前の時期から霜柱が降りた。  さて、今現在そんな庭の一角では泥まみれの例の女の子が走り回っている。彼女は時折きゃあきゃあと子供らしい声をあげて茶色くなった両手を空へと掲げ、あるいは泥団子をボールにいくつもいれて窓際で新聞を広げていた僕のところへと走ってくる。いや、正確にはそうじゃない。僕のいる場所に彼女は彼女の母親を見ている。 「みてー、お母さん! ヨーグルト!」  彼女が次にそーっと忍び足で持ってきたのはボールにいれられた茶色の液体だった。そこに浮かぶ草がかすかに彩りを添えようと尽力してはいるものの、移動の間に半分ほどが茶色に染まっていた。
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