僕と先輩と呪いの話

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「電気くらいつけてっていってるのに」  手探りでスイッチを押せば、少ししてから部屋が明るくなった。先輩はいつものようにごちゃごちゃした部屋の一番奥、教室と変わらぬ椅子に何をしているでもなく座っている。僕がため息をついてもお構いなしで、目を瞑ったままにこちらに顔を向けると 「おや、いい香りですねー?」  と嬉しそうに笑う。どうしてか、そんなことにはやたらと敏感だった。 僕はそれを無視して、予備の水筒にいれておいた水を電気ケトルにうつし、電源を入れる。 部活動の時間に制限があるせいもあり、合宿を除けば天文部とは名ばかりで、部室にも先輩いわく『いつでもどこでもまったりするための道具』がやたら多い。空についての書籍は揃っているものの、星の名称やら、雲の流れやらにさほど興味があるでもない僕は、大半の先輩たちが普段の活動にほとんど顔を出さなくなって以降、ここを自習室のように使っている。 「大体、他の先輩らそろそろ必死で勉強してる頃じゃないの? のんびりしすぎだと思うんだけど」 「私ですからー。それに、わざわざ下校してもいいような時間に学校で勉強してる生真面目な同級生の皆さんのために私はこうやって気配を殺しているのですよー」  反省の色を全く見せないのがらしいといえばらしい。自習の邪魔をしてくることもないから、居て迷惑なわけでも、天文部に関係ないことをしてる僕が偉そうなことを言えるわけでもないと思う。けど、それじゃ困るのは先輩自身なわけで、それに、学校がわかれたとしても先輩が、言動は先輩とはみとめがたいけど先輩なんだから、同輩やら後輩になるというのはなんだか釈然としない。 「大会とかもともと出ないんだし、合宿の手配とかも僕と先生がだいたいするし、そろそろ部活来ないでさっさと帰ればいいじゃん。他の先輩らは大体そうしてるんだから」 「あらー、たった一人で寂しがってるだろう後輩君の顔を見に来てあげてるのにひどいですねー」  文句を重ねれば、向こうは向こうでわざとらしい言い訳を重ねてくる。どうせ、聞きやしないんだ。  あきらめてストックされているインスタントコーヒーや紅茶をしまった引き出しを引っ張る。ぎぎ、と年月を感じさせる音と重めの手応え。そのうち開かなくなってもおかしくない。そう思い続けて一年と数ヵ月だが、まだなんとか飲み物の番を続けてくれている。 「しおんさん、ここで目開けてることほとんどないじゃん……。 あ、ところで、紅茶とコーヒーどっち?」  紅茶を頼んできた先輩には紅茶を、僕自身にはコーヒーを淹れ机に置く。 ついでに、今朝作ったクッキーを机の真ん中に置いた。 「こぼされるとめんどいから手元くらいは見てよね」 「わかってますよー。それでー、後輩君は何をお悩みなのでしょうね?」  しおんさんは紅茶を一口すする。やっぱり、この人は変なところで鋭い。 「べつに、宿題しにきただけ」 「そうですかー」  折りたたみっぱなしだった宿題の紙と、筆箱を取り出して、何から書こうかと思案する。もちろん名前と出席番号はすぐにだって書ける。問題は中身だ。 「しおんさんって自分の名前の由来知ってる?」 「ん? まあ、一応は知ってます」
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