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彼女が次にそーっと忍び足で持ってきたのはボールにいれられた茶色の液体だった。そこに浮かぶ草がかすかに彩りを添えようと尽力してはいるものの、移動の間に半分ほどが茶色に染まっていた。
「寒くないの……」
「んー、言われてみれば、寒い! かもしれない!」
ぼそりと呟いた僕に答えてそういった女の子と、あのとき感じた気のせいみたいなものじゃなくて、ちゃんと目があった。
そして、それが彼女と意志疎通をはかれた最初だった。
彼女はボールを抱えたまま辺りを見回して、もう一度、
「寒い! かもしれない!」
と言い放つ。
子供は風の子とはいうが、見ているこっちも寒かった。彼女の格好は泥まみれになった他はこの間と変わらぬ黄色のワンピース。今は冬だというのに見るからに夏物である。
僕は、一つため息をついた。
「裏口のとこ、来て。お風呂場まで運ぶから」
どうせ、どうやってか出入りしてるにも関わらず祖母がなにも言わないのだ。僕が中に入れたところで問題は起こるまい。昨日も結局彼女は何度かあらわれては走り回って、またどこかに消えていっていた。
僕は、とりあえずバスタオルと濡らしたタオルとを持って裏口へ向かう。
「ボールは外に置いといて……。そんで、タオルで足拭いて。床に置いて踏めばいいから」
足の泥をとりあえず落とした彼女を僕はバスタオルで包むようにして抱える。触れた感触はあるものの、妙に軽くて、それこそぬいぐるみかと錯覚するほどの軽さで、この子は一体なんだろうと僕は改めて考える。人間とは思えない。幽霊というにも座敷わらしというにも違和感があった。いくら神崎が不思議なことの多い街とはいえ、彼女の存在をうまく自分の中で理解するにはまだいろいろと情報が足りない。
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