さとがえり

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 今のところ悪意は感じられない。子どもの無邪気な表情はときとして悪意よりも恐ろしいものをはらんでいることもあるけれど。  風呂場に少女を放り込む。僕自身は手洗い場で手だけ洗って、少女の替えの服は昔こちらに住んでいた頃の服を置いておいた。  少なくとも、あの状態のままならば話はできる。 「きれいになった!」  そう、出てきた彼女は黄色いワンピースを身に纏っていた。泥なんかはすべて消えていて、所々に繕われたあとはあるもののきれいなものだ。当然、僕が用意した服は黄色のワンピースではない。 「そう、よかった」  なんとかそれだけ答える。理解が追い付かないことだけは理解できる。そんな状態。  湯飲みを二つ出してそこにお茶をそそぐ。急須から茶漉しごと茶葉をとりだして、茶葉は三角コーナーへ、茶漉しは洗い場へ。 「二階の方で話したいんだけど、いいかな?」 「うん、大丈夫!」  僕は、トレイに神崎に来る途中、駅の売店で買ったものの結局食べてなかったクッキーとお茶とを置いた。四角になっている廊下を半分進んだ先の階段を登る。とんととんととんとん、と僕と少女の軽い足音が響く。  二階は部屋が二つあって、そのうち広い方が小さい頃に僕たち家族が使っていた部屋だった。今僕が寝起きしているのもそちらだが、その扉の前を素通りして、僕らは奥の部屋へ向かう。 「ええと、とりあえず座って?」  中身の何もないクローゼットの扉をばたんばたんと開け閉めしていた少女は、腕を座面について軽く跳ねるようにして椅子に登った。
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