菫色の人

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家事を片付けながら日が大人しくなるのを待って、手紙をポストに放り込み、帰るというお手軽な散歩も久々だった。近所の家をみれば、窓の向こうには七夕の飾りがしてある。これからはこの時間も徐々に暑くなるだろう。道端の草花もみるみるうちに育って濃い緑になるだろう。小夜はやって来る季節を想像する。暑さは困るけれど、そこまで悪い季節でもない。また、草刈りだけは頼まないといけないねと、考え事をするうちにたどり着いていた自宅の庭を眺めて思う。郵便受けに入った数日ぶんのチラシやら手紙やらを回収して、戸締まりをする。 「ゴミは持ち込まない」 掃除もゴミ出しも他人に頼ることが増えてきた小夜が自分で決めたルール。靴箱の側に貼られた文字を声に出し、小夜は座ってチラシを分別する。パチンコ店のチラシはいらなくて、スーパーの特売は確かめておきたい。手紙も返事が必要なものと必要無いものに。必要ならばペーパーナイフで中身を確かめて分けていく。これはどこかと飾り気のない封筒をひっくり返し、癖のない文字で書かれた差出人の名前を見たとき、その黒色を見たときとても嫌な予感がした。 巌充。名前には覚えがないが、名字に覚えがある。ビリビリ、と封筒を開いて慌てて中身を確かめる。一通は見慣れた文字と色の手紙、もう一通、差出人の文字と同じボールペンの文字。そちらの文字を追う。
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