菫色の人

4/11

16人が本棚に入れています
本棚に追加
/182ページ
高槻さんへ  はじめまして。巌充と申します。   お手紙なんてあんまり書いたことがないので失礼なことを書いていたらごめんなさい。  武晴おじいさんが亡くなりました。  四月の終わりのことです。 ああ、と思った。旧い友人が亡くなった悲しみとやっぱりそうなのかという理解と、区別をつけられないほどに縒り合わされて、ただ、ああ、と息を吐き出すとそれが言葉として、魂の一部として出てきてしまう気がした。かさかさと小夜の震える手の中でこすりあわさった二枚の手紙が音を立てる。丸まった背中は年相応に、あるいは年相応以上に見えた。けれど、そこまでだった。小夜は唇をぎゅっと結んで、手紙の続きに目を向ける。ただの連絡にしては長い手紙を最後まで読んでしまうことに集中して、集中することに意識を割く。  家族でのお葬式とかが済んで、しばらくしてお祖父さんの部屋を片付けるときに高槻さんとお祖父さんの手紙を見つけました。  中身も少し見てしまいました。ごめんなさい。  実は、いろいろと悩んだんですが高槻さんに二つお願いがあってこの手紙を書いてます。  一つめは、武晴おじいさんの万年筆とインクを受け取ってほしいということです。亡くなる前に書いていた手紙を読んだのですが、おじいさんは高槻さんにそれらを渡そうとしていたみたいです。たぶん、一番使ってくれる人だからって。僕も高槻さんなら大切にしてくれると思います。  二つめは、花江おばあさんのことです。おばあさん、おじいさんが亡くなってからすごく寂しそうに見えます。僕が話しかけると普通に話してくれるんですけど、台所に一人でいるときとかに見かけるとひどくしょんぼりしてるみたいに感じるんです。高槻さんはおばあさんとも仲良しだったみたいなので、どうにか元気付けてくれないでしょうか? お願いします。  僕もおばあさんも土日は大体家にいるので、訪ねてきてくれると嬉しいです。  読み終わって小夜はようやく深く息を吐いた。行かなくては。一緒にいた人がいなくなる不安さも、武晴と花江の仲の良さも小夜はよく知っているのだ。  廊下のカレンダーを確かめると幸い明日は土曜日だった。
/182ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加