僕と先輩と呪いの話

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僕と先輩と呪いの話

 大体、小学生じゃあるまいし、自分のことを調べるなんてしたいやつにだけさせとけばいいんだ。そう思ってはいるものの、一応は優等生としてここまで来ている自分がこんなところで課題を出せないなんてバカみたいだし、過保護をこじらせた先生に心配されるとか冗談じゃないし。  ヘラを持つ手に力がこもる。手を動かして、材料を混ぜることに集中して、余計なことを考えないようにする。まとまってきたのをラップにうつして、冷蔵庫に押し込む。使っていた道具は洗い場に。水につけるだけつけて、椅子に腰かける。  家族の皆は当然といえば当然だが、まだ眠っているみたいで、少し前に新聞が投げ込まれる音が聞こえた以外は酷く静かだった。一月前だったらまだ夜と朝の境目だっただろうに、窓の外は嫌みなくらいにいい天気だ。能天気な先輩も、クラスのみんなも、先生もきっと眠りこけてる時間に僕だけが起きている。違う時間に存在している。そんな優越感が好きで、僕は時折早起きをする。ただ、今 日は普段ほど気分が晴れることはない。十六ほどに折り畳んだ紙を引っ張り出して、もう一度その中身を確認する。 『自分の名前の由来を調べよう』    何度見てもプリントにあるのはその文字と名前やクラスを書く欄、三日後の提出期日。それと、プリントのほとんどを占めるだだっ広い白しかない。本当、小学生でもあるまいし、さ。僕はそいつをもう一度折り畳んでしまいこんだ。  授業がすべて終わり、運動部連中がバタバタと教室を後にするのを見送ってから僕も席を立つ。それなりに話すやつらにまた明日、なんて声をかけて、教室棟から渡り廊下の向こうにある文化部棟へ入る。この時間帯だとまだ楽器をかかえた吹奏楽部連中、特にコロコロ変わる活動場所を把握しきれていない一年生たちが、先輩、ミーティングルームってどこでしたっけ、なんてドタバタしていることを除けば、比較的静かな棟に文芸部、演劇部をはじめとした十前後の部が部室を持っている。その文化部棟の二階第三部室。他と違って目印になるような貼り紙の一切ないそこが天文部の部室で、一応はそこに所属している僕は、放課後になると大抵部室に足を運んでいる。扉を開けるとカーテンもしっかり閉められた部屋は案の定ほとんど真っ暗に近い状態だった。 「しおんさん、しおんさん」  暗闇に呼び掛ける。数秒後、 「聞こえてますよー、後輩君」  と部屋の奥からまのぬけた返事がくる。この人は何時もこうだ。
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