三宅さんは語る

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「あの日俺がお通夜に行ったよ」 「ありがとよ」 「ねーちゃんが三宅さんの家族と折り合いが悪いのは知ってた。でも葬式とか普通は許されるだろ。自分で行けよって思ってた」  三宅さんが亡くなった話は事故当日の夜、姉から聞いた。色のない能面のような顔で三宅さんが死んだと告げた姉。ジョークにしては度が悪すぎると笑ったが、嘘だよーんという言葉は続かなかった。 「交通事故」  代わりに白い顔で淡々とその四文字を口にし、姉は部屋にこもった。  残った俺と親はTVのニュースをチェックし、ネットで情報を集め、姉の様子を探りつつ葬儀会場を調べて供花を送る相談をしていたのだ。  通夜の日、部屋にこもっていた姉がいつ外に出たのか母親は気づかなかったそうだ。  ユリ子のスマホに何度連絡しても繋がらない、心配だから早く帰って来てとの母親命令で寄り道せず学校から真っ直ぐ帰宅した俺は、喪服を着て庭にいる姉を見つけた。  能面とは打って変わって色のある顔。真っ赤なそれは怒って泣いて憎んで憤っていた。激しい系の感情が全てミックスされたその顔で、玄関に入る一歩手前、地べたに四つん這いになりただ涙を流していた。  俺の足音に気づいて振り向く姉。 「ねーちゃん」  返事の代わりにギロリと睨みつけられた。  今の姉の気持ちなんて絶対に分からない。寄り添うことだって正直重い。だけど言葉にならないくらい辛いのは想像できるから、八つ当たりくらいは引き受ける覚悟をしていた。しかし姉は別のことを頼んできたのだ。 「アンタ、私の代わりに三宅さんのお通夜行って。お願い、お願い、私ダメだから行ってカイト。行ってよぅ……おねがい、します」  俺の両腕を掴み爪を立て、涙も鼻水もよだれだってお構いなしで、壊れた玩具のように何度も同じことを言い続ける姉にどうして断れようか。  玄関先での悶着を聞きつけ出てきた母親と一緒に姉を家に入れベッドに寝かせた。枕に伏せて嗚咽している彼女の背中を母親がさする。 「香典はねーちゃんが用意した。金額は5千円。名前は『屋久平香美』になってた。何これ?って聞いても、いいからこのまま出してっていうから言われた通りにしたよ。しばらくしてからさ、ふと思い当たったんだ。あれは『疫病神』だったんだって」  三宅さんは一瞬ぽかんとしたが、口の中で『屋久平香美』を『やくびょうがみ』と変換して目を丸くしている。 「やるなぁ。ユリ子のそういうところ好きだよ」  それからハハハッといつものように豪快に笑った。何故だろう、その笑いが何だか鼻につく。 「俺の親ユーモアの欠片もないし、金額も目立たないから、ただの友達として処理されたな」 「いいんだよ気づかれなくて。ねーちゃんのなりのケジメだったんだから」 「そうだな。少しは気持ち、リセットされたかな」  別に怒るつもりはなかった。三宅さんだって不可抗力の結果だ。どうしようもなかったとは分かってる。  だけどリセットって、何だよその言葉、軽すぎるだろ。  俺の姉と、ねーちゃんとアンタは、リセットなんて四文字ですぐ切り替えられる付き合いをしてたのかよ、違うだろっ!! 「する訳ないだろっ、アンタがそばにいないのに!!」  何も考えず怒鳴った。  三宅さんの顔からストンと表情が落ちた。  少ししてから彼はしんみりと笑って、そうだなと言った。  その笑いがまた俺の胸をえぐる。誰が悪いのでもない、どうしようもない堂々巡りだ。
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