はじまり ミケとの出会い

3/5
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
 俺のスマホの画面をのぞき見した由紀が、これがミケちゃん?と寄ってきた。  そう、こっちも見る? と何枚か撮ってある画像も見せる。 「やーん可愛い。年寄りって言ってたけどメッチャ可愛いじゃん」 「だろ。今俺の一番お気に入りの子よ。由紀より可愛いかもな」  何よカイトのバカ、そういって俺に殴りかかる形で腕を振り上げる由紀。ごめんごめんと謝りながらその拳を受け止めるまでがお約束だ。恋人同士のぬるい一連の流れは滞りなく、そのあとに「帰りカイトのうち寄っていい? ミケちゃん見せてよ」という言葉を見事引き出した。  次の予鈴が鳴る中どさくさに紛らせたOKを授業中に反芻する。  いや、俺はいいんだ、大歓迎なんだ。  気になるのは母親の予定だ。期待はしない方がいいのは分かっている。専業主婦の夕方は、包丁の音と醤油の匂いに包まれた台所がホームグラウンドだからな。  まあいいや、由紀はもう何度か家に来ているし母親とも会っている。変に気負うなと自戒して放課後一緒にうちに帰ったら、何とまあ、ダイニングテーブルに母親からの置手紙が。 『幸子叔母さんのところに行ってます』  幸子叔母さんの家は同じ市内にあり行き帰りはそんなにかからない。ただお互い喋り魔だから、話に花が咲けば長くなる。読めないな、帰りはいったい何時だよ。  お母さんいないんだねと、別に大したことなさそうな口調の由紀。お前な、大したこと大アリだろうとツッコミたい。入道雲のように急に湧き上がる下心でいっぱいの胸の内を見せてやりたいよ。まあそんな様子は一ミリだって気づかせないけど。  台所からスナック菓子、姉の部屋から寝ていたミケを小脇に抱え自室へ戻る。  ベッドに腰掛けていた由紀が猫ちゃんと手を伸ばすので、彼女の膝にミケを置いた。隣に座れば短いスカートから露わになっている膝頭。ふわりと香ってくるいい匂いに鼻の奥がクラクラして、普段は意識しない唾を飲み込む動作も一苦労だ。  ミケを飼ってからの発見、奴は明らかに女性に懐く。今回も思った通りニャーと由紀にすり寄って抱かれ、嬉しそうにその胸で丸くなった。  猫が見たいというのは半分本当で、半分はうちに来るためのダシだろう。そのくらい俺も分かっていた。  だが母親が不在とは思っていなかったようだ。何となく由紀も緊張しているような、それを隠すような雰囲気が伝わってくる。  空気が固い。この空気を混ぜっ返さなくては。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!