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「赤ずきんの話ってちゃんと道を歩けない人間は生きちゃいけないって話なのかな……」
「は?」
私の言葉に彼は目を丸くした。
「寄り道した赤ずきんは狼に食べられて助けられるけど、それはただ運が良かったからでしょ。本当だったら、胃酸に溶かされて死んでるよ」
「御伽噺に何言ってんの?」
彼は呆れたように笑い、コーラを飲む。
私は少し苛立った。私なりに真剣で大切な話なのに、わかってもらえない。
狼のお腹の中はきっと真っ暗で自分が生きているのか死んでいるのかわからなくなるのだと思う。――想像した狼のお腹の中の感覚に私は身に覚えがあった。制服を着て教室にいるときの私の感覚だ。私にとって狼は教室ということになってしまうけど、それはきっとそう思ってはいけないことなんだと思う。
「そんなに話が気に入らないなら、書き換えちゃえばいいじゃん」
いつまでも俯いて何も言わない私に彼はそんなことを言い出した。
「書き換えるって……」
「赤ずきんって確かヨーロッパかなんかで口伝えされた話だろ? 著作権も何もないし」
今度は頬杖をついてコーラを飲む。そう経たないうちに飲み干したのかズズズーッという音が聞こえてきた。
「赤ずきんにとって楽しい話にしちゃえばいいんだよ。狼と仲良くなって冒険をしましたーとか。あっ、それはちょっと普通過ぎるか?」
彼なりに私の言葉を噛み砕いて考えてくれているのだろうか。
「俺だったら、狼の腹の中は異世界でしたーって話にするな。なんか異世界転生流行ってるみたいだし」
それとも、ただそれっぽくいい加減なことを言っているのだろうか……。
私の冷たい視線に彼は「別に御伽噺だから、これくらいいいだろ」と唇を尖らせる。
「御伽噺だから、ぶっ飛んでいるうちには入らないし。それに、異世界の方が絶対に楽しい。生きるか死ぬかは自分次第で」
いい加減なことを言っていると思ったけれど、彼も彼なりに本気らしい。その様子に少し私は安心してしまい、笑ってしまった。
「そうだね。そっちの方が楽しい。うん」
やっぱり彼は狼かもしれない。確かに彼と過ごす日々は異世界のようだ。
きっと私はおかしな赤ずきんだ。村や家族と過ごす時間が苦痛で狼のお腹の中にいることが心地好い、感覚がおかしな赤ずきん。
もうそろそろ、私はちゃんと腹をくくるときなのかもしれない。彼との手伝いでお金は充分に貯まった。どうなるかは自分次第の冒険へちゃんと歩み出す準備は整った。
私はもうあの教室には戻りたくない。学校に行かずに彼といることを後悔したくない。絶対に反省なんかしてやらない。
そう心の中で気持ちを吐き出すと、なんだかお腹が空いてきた。彼はまだ私に奢る気持ちでいるのかな。
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