第参話

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 「お前は何を言っているんだ。そんなこと、あるはずがない。お前は何か、勘違いをしている。考え直せ!」  それが彼の、最期の言葉となった。  どちゃり、と自らの血の海に沈んだ男が息絶えたのを確認して、フードを被った人影はごそごそと自身のコートのポケットを探り、そこから小さな携帯通信端末を取り出した。そのまま静かに、それを耳に押し当てる。  フードの人物の服はところどころ破れており、その腕の裂け目からは、赤い竜のタトゥーがちらりと見え隠れした。  「……例の件は、終わった。……ああ。……大丈夫だ。ああ、わかっている。……あまりこれで話していると、ダーク・エッグに勘付かれる。切るぞ。」  何やらぼそぼそと呟きながら、フードの人物は歩きだす。足元に転がっている死体を一度も振り返ることもなく、一心に歩き続けた。会話が終わり、不要になった端末を乱暴にポケットの中に押し込むと、ぴたり、と足を止める。すると、フードの人物の足もとから、ぶわりと光が湧き上がった。光はぐるりと瞬く間に円を描き、ひとりでに【魔法陣】を形成する。  「ようやくだ。」  フードの人物はくるりと振り返り、数メートル後ろで転がっている死体をじっと見た。にやり、わずかに出ている口元が弧を描く。  魔法から生み出される光が、フードの人物の腕と背を守るように覆う、【竜の鱗】を怪しげに浮かび上がらせる。  「ようやく、【アレ】の化けの皮をはがす時が来た。おぞましい化物、国を支配する空白の王座、古から存在するソロモンが遺した老害共。皮をはがし、肉をえぐり、骨を断つ時が来たのだ! だが、【アレ】も私の動きには気がついているかもなあ。……邪魔は、させない。させるものか。そのためにはまず、【アレ】のひとりが目をかける、邪魔なアシュリーを引きずり落とさなければ。【アレ】の顔に、盛大に泥を塗りたくってやる。……ついでに、カツラ卿も私の【固有魔法】で傀儡にできると、私の計画はもっと上手くいくのだが。」  光に包まれながら、ぶつぶつと誰に言うのでもなく呟くフードの人物は、自身の体が光に包まれる最後の瞬間、小さく、それでいて想いをすべて吐き出すかのように囁いた。  「君は私が何か勘違いをしていると言ったが。」  息絶えて、物言わぬ躯となった男に向かって、フードの人物は歯をむき出して、嗤った。  「この国に、帝なんていないのさ。」          
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