第参話

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 アシュリーは、カツラの執務室の一角で、部屋の主と向かい合って座っていた。  キャロルコリン達から下った命令を受けた日から、おおよそ三日後のことであった。  二人の間にある、細やかな装飾が施された小さな机の上には、真っ白な紙が置いてある。カツラは自らの手にある万年筆をくるくると器用に回しながら、つんと澄ました顔のアシュリーをじろりと睨みつけた。  「まず、簡単に状況を整理しよう。」 「ああ。」  がつんと―アシュリーは一瞬、カツラの万年筆の先が勢いだけでひしゃげたのではないかと、本気で心配した―万年筆を突き刺すように紙へと向けたカツラは、そのままガリガリと乱暴に白い紙の上に文字を書いていく。  「政党で、総裁職に就いていた人が、狙われているんだよな。」 「今のところはな。これが、個人的な恨みによるものか、政党に対する恨みなのか、それとも魔族に対する恨みなのかは、今のところ不明だ。」  ふんふん、と頷きながらカツラは事件について記していく。アシュリーは静かにその様子を見ていたが、ふと、顔を顰めた。  「カツラ卿、字が汚い。」 「敬称はつけなくていいよ。お前、前はつけてなかったじゃん。……ってか、うっせーな!字は今関係ないだろうが!お前は俺の母親か何かか!?」  顔を真っ赤にしながら叫ぶカツラを一切無視し、アシュリーは「あ。」と小さく呟いた。  「確か、殺害方法は剣で一突きの上に、銃で穴だらけだったか?」 「無視かよ!?……むごい殺し方をするもんだよな。まあ、これだけじゃあ魔族だろうが竜族だろうが出来る殺し方だな。特に気になる点はナシ、と。」 「【鱗変】の形跡があったとか、魔法が使われた痕跡があるとか、そういうのがあればすぐに解決できるのに。」 「それじゃ、俺たちがわざわざ調査する意味、ないだろ。」 「まあな。でも、委員長殿はそこが目的ではないのかもしれないぞ。」 「どういうこと?」 「さあ?」  小さく肩をすくめるアシュリーのマイペースぶりに辟易しつつも、カツラは紙面に書き連ねていくことをやめなかった。彼の字は、先程よりは丁寧に書かれているものの、やはり一般的に見るとそれは汚かった。  「痕跡で思い出したけど。」  カツラは鼻と口の間に万年筆を挟みながら、呟いた。 「全部ってわけじゃねえみたいなんだけど、何件か、逃走時には【魔法】を使ってるらしいんだよな。で、それとは別の件で鱗変が使われた痕跡もあるらしい。」 「魔法と鱗変を同時に使いこなせる生き物が、この世界にいるわけがない。」  カツラの言葉に、アシュリーはフン、と鼻を鳴らした。  「ひとを複数殺害するには、時間も金も多くかかる。通常の精神状態では、複数殺せばまず精神に異常をきたすだろうな。だが、この下手人は目的を見失わず、冷静に冷徹に、時間や金に余裕を持って、殺しを行っているようだ。大方、共犯者がいるんだろうな。あるいは、プロを雇って、張本人はのうのうとしているか。それは、どちらでも良い。問題は、下手人と共犯者が、魔族同士、あるいは竜族同士なのか、はたまた魔族と竜族が組んでいるのかどうか、だな。」 「軍部が関わってる可能性があるんだから、竜族と魔族がグルなんじゃねーの?」 「いや、軍部の中にも少数だが魔族が所属している。逆もまたしかり、だな。一概にそうとは言えない。……まあ、一番可能性は高いがな。」 「でも、魔族同士だとしたら、クーデターになるんじゃねえの、それ。」 「まあ、そうだな。だが、珍しいことではないだろう?現に、軍部だって一枚岩ではないじゃないか。組織なんて、そんなものだ。」 「反論しようがねえわ……。」  はっきりとそう告げるアシュリーに、まあそうかもな、と思いながら、カツラは紙に大きく「共犯?」と書く。カツラがそのまま椅子に全体重を預けるようにしてもたれかかると、それを見たアシュリーは嫌そうな顔をした。アシュリーの冷たい視線に気がついたカツラは、べえ、と舌を出す。  「きちんと座れ。」 「真面目だなあ、アシュリーちゃんは。いいだろ、座り方ぐらい。正式な場所ではちゃんとした姿勢で座ってるしな。」 「嫌だ、とても気に障る。というか、もう、お前と同じ空気を吸っていると思っただけで攻撃したくなる。この熱い衝動、どうしてくれる。」 「知らねーよ、それもう座り方関係なくない!?ただ、お前が俺を気に入らないって話なだけだろうが!」 「よくわかったな。すごいじゃないか。」 「何?何なの!?お前は俺をどんだけ馬鹿だって思ってんの!!?」  しれっとした顔で馬鹿にしてくるアシュリーに、心の底からつっこみを入れつつ、カツラはトントンと机をたたいた。実際は、苛立ちのあまり、ドンドンになっていたが。  「とりあえず、事件についてはこんなものか。じゃあ、次は……。」  カツラがすべてを言い終わる前に、アシュリーがすっくと立ち上がった。突然の行動に、カツラは目を丸くする。アシュリーは自身をぽかんとした顔で見上げる青年大将を一瞥すると、一言、「話を聞きにいくぞ。」と言った。  「は?話?」 「そうだ。次に狙われるかもしれない方に話を聞きに行けば、何かしら情報が手に入るかもしれないだろう?ここにいて考えていたって、いずれは袋小路になるだろうしな。」 「まあ、そうだけどさ。お前って、見た目によらず、行動力あるよな。」 「頭でっかち、とでも言いたいのか?」  ふん、と鼻で笑うアシュリーに、カツラは至極真面目な顔で頷いた。  「うん、まさにその通り。」 「はったおすぞ。」  ぎゃあぎゃあと騒ぎながら扉へ向かうアシュリーとカツラだったが、ふと、カツラが形の良い細めの眉をぐっと顰める。  「そんなに簡単にいくものかなあ。」 「知らん。だが、ここでぐだぐだと考えて、何もしないよりはいいだろう?」  執務室から出て、自らの部屋の鍵を閉めるカツラの後ろ姿を見ながら、真面目だな、と呑気に考えていたアシュリーであったが、不意にばたばたと走ってくる音を聞き咎めて、音の発生源である自身の背後へと視線を向けた。  「おーい、走んなよ。学校で廊下は走るなって教わっただろうが。……って、ガッキーじゃん。珍しいな、お前が走ってるのって。いっつも注意するほうじゃん、子どもの頃、『廊下は走ってはいけません』って教わりませんでしたかーって。俺もよく注意されたなあ。」 「お前、上司のくせに注意されてたのか!?というか、注意する方って……。そういうことは、彼が走らなければならない程の、『何か』が起こったってことじゃないか?」 「ア?何かって何だよ。……って、あ。」  カツラは鍵を閉め終えると、こちらに向かって慌ただしく走ってきた、栗毛を肩まで伸ばした背の高い青年―カツラの様子から見るに、軍部の中でも若手の部類に入るものであろう―に向かって、声をかけた。  一方、アシュリーはカツラの部下の尋常ではない様子を見かねて、カツラに忠告してやった。すると、最初はアシュリーを五月蠅そうに見下ろしたカツラであったが、話していて何か気になる点があったのか、不意に真面目な顔になる。  アシュリーとカツラは、顔を見合わせた。 「!!!閣下、それにブラックモア卿もいらっしゃいましたか!お二方に、失礼を承知で申し上げます!元総裁のシリウス卿が、【宮】を守る門の一角である【虎の門】外にて、殺害されているのが発見されました!」  ぜえぜえと息を切らし、カツラに報告した軍部の兵士が敬礼しようとして、はて、と首を傾げた。先程自分に注意したカツラと、その隣で何やら話しかけていたアシュリーが、目の前から忽然と姿を消していたのだ。すると、彼の左側から、ばたばたと走り去る音がする。兵士がそちらを見やると、アシュリーとカツラが、長く伸ばされた荘厳な赤い絨毯が敷かれた廊下で、初等教育の徒競争なみのクオリティでデッドヒートを繰り広げていた。  「ぐ……っ!邪魔すんじゃねえよ、アシュリー!」 「うるさい、こちらの台詞だ、カツラ!お前、先程部下に走るなと注意してたじゃないか!」 「走ってませーん!競歩だ馬鹿野郎!お前だって走ってるじゃねーか!」 「お前が馬鹿だ、大馬鹿野郎!私は、あれだ、歩くのが早いだけだ!」 「何で喧嘩しているんですか、お二人とも!?」  栗毛の青年が二人のあんまりにもお粗末な姿に、思わずつっこみを入れるが、どちらも青年の話を聞いていなかった。その間にも、低レベルな争いが続く。  「俺が!」 「私が!」 「「一番最初に現場に行くっっっ!」」 「いや、お二人で仲良く行ってくださいよ!?というか、子どもの頃、『廊下は走ってはいけません』って、教わりませんでした?あんた達!」  一介の兵士の心からの叫びもむなしく、いい年をした男二人がうすら寒い徒競争を繰り広げながら、現場へと急ぐのであった。             
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