第2話

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 議会のざわついた空気をゆっくりと吸い込む。吐き出す前に、カツラは目の前で静かに座り、こちらを観察している青年を視界に入れた。  美しい金髪を肩につかない程度まで伸ばしていて、瞳の色は宝石のような輝く翡翠、肌は白い。ぱっと見ると少女のような顔立ちをしているが、彼自身からにじみ出る老獪な雰囲気は隠し通せていなかった。  息を吐き出した。  目の前の澄ました顔をした青年と話してみたくなる。つい、と目線を合わせてやると、青年はカツラのそれに気づいたようで、若干眉根を寄せた。カツラは笑う。  「へえ、あんたがブラックモア卿?」  相手は【魔族】であるため、身体年齢と精神年齢はかみ合っていない。アシュリーは見た目こそカツラと大して変わらないが、生きてきた年数ははるかに上回っていると、人伝に聞いた。しかし、カツラは目の前に鎮座する魔族に、年長のものを敬うような気遣いをする気は、毛頭なかった。  「そうだ。」  つんとした表情で、アシュリーが答える。ひんやりとした、温度のない声。  カツラは少し乾いた自身の唇を湿らせた。  「あんたも若いんだな。俺、まだペーペーで議会とかろくに見たことなくてさあ、てっきり白いひげのジーさんが来るのかと思ったぜ。」  ぺらぺらと話すカツラに対して、アシュリーのかんばせに表情はない。しかし、カツラは気がついた。アシュリーの翡翠色の目の奥に、わずかながら失望の色が浮かんでいたことに。  へえ、とカツラは目を眇めた。  「……今。」  カツラはすっと表情を消した。出した声も、なるべく冷たい声になるように気を付ける。その努力のおかげか、アシュリーの微動だにしなかった肩が、わずかにぴくりと震えた。  「俺のこと、舐めてかかっただろ。」  アシュリーは無言だった、それは、図星を刺されて困っているようにも、何を的外れなことを言っているんだこのクソガキは、と思っているようにも見えた。もう少し手ごたえがほしいな、とカツラは思った。あの魔族の澄ました顔をひっぺがえしてやりたい、という欲求のみにカツラは今、突き動かされている。  「今までの『お偉いさん方』……ん? あっ、それは俺もか。まあいいや、とりあえず、今までの奴らと一緒だと思ってたら痛い目見るぜ?」  能面のように動かない顔を唾棄する思いで眺めながら、なるべく偉そうに、相手の癇に障るような声色で告げてやると、アシュリーの無表情が一瞬、崩れた。それを確認して、おや、とカツラは思った。  (能面みたいな顔だとは思ったけど……前言撤回、意外と単純かも、こいつ。)  面白い玩具を見つけた子供と同じような心境になりながら、アシュリーを見ると、どこかぼんやりとした表情でこちらを見ていた。  カツラは不意に、ここには自身とアシュリーしかいないような、不思議な感覚に陥った。  はっとする。一瞬、アシュリーが醸し出す不可解な雰囲気に中てられて、完全に前後不覚に陥っていた。カツラは内心、舌打ちをする。  「俺の仕事は、予算を通すこと。」  危ない、と思いながら、静かに告げる。カツラはアシュリーの焦点の定まっていない目を覗き込みながら、蟻の行列を思い出した。子供のころに見た、ぞろぞろと列を作っている蟻の行進だ。  「その為には、」 蟻の行列に手を伸ばす、幼い自分の手。  「あんたを、」 行列から蟻を捕え、ゆっくりと手のひらを見つめる。  「潰さないといけないんだよなあ。」 ぶちぶちっと、蟻が自分の手によって潰された。  蟻の頭が、胴が、尻が、ぺしゃんこに潰されてばらばらと落ちていく。  アシュリーを見ると、目を見開いてこちらを見ていた。その瞳には、化け物を見たかのような、嫌悪の色を滲ませている。カツラは不意に、腹を抱えて笑い転げたいような気持ちに駆られた。  (化け物のくせに、何で俺を見て「化け物」って思ってるんだよ。)  大声を上げて笑い出しそうになる自身を叱咤して、代わりにふっと笑ってやると、ますます気味が悪そうにアシュリーの顔が歪んだ。ひらり、と手を振ってみる。  「ってことで、よろしくな? アシュリーちゃん?」  わざと茶化して言うと、アシュリーはぷいと顔を横にそらした。子どもかよ、と思いながら暫く話しかけていたが、反応が全く無いので、カツラは諦めて椅子に座りなおした。  カツラは魔族が大嫌いだった。  【竜族】である自分たちとは全く異なる、別のイキモノ。  カツラが魔族を嫌う理由は特にない。  強いて言うなら、幼いころからの教育によるものだろうか。家庭で、学校で、社会で、魔族は邪悪で醜悪な、気味の悪い化け物だと教わってきた。カツラはそうやって教わってきていたため、二十三歳になる今現在でも、魔族はそういうイキモノだと思っている。しかし、カツラをはじめとした竜族の大半は特に疑問もなく、そのように考え生きてきた。幼いころからの教育というものは、時に恐ろしいものである。  (そう、やつらは化け物なんだ。)  ちらりとアシュリーを見やる。その端正な顔の裏で、一体どれほど残虐なことをしてきたのだろうか、と思った。  (だから俺は、俺たちはこいつらを徹底的に叩きのめさなければいけない。)  叩きのめして、地べたに這いつくばらせる。どちらが勝者で敗者なのかを理解させるのだ。  アシュリー自身には何の感情もない。だが、魔族に対しては違う。  アシュリーを議会論争で叩きのめすことは、蟻の行進を乱し、潰すことに似ているとカツラは思った。       
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