口癖

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昨晩から降り続く雨は、音も無くただただ静かに地面に吸い込まれている。 霧吹きのような、窓ガラスに付く雨の(しずく)がしだいに大きくなって、耐えきれなくなると下へ、他の雫を巻き込みながら、つつーっと筋を作って流れていく。 雨雲は厚くて、一向に止む気配はない。 一筋の雫の通り道の隙間(すきま)から、(ゆう)は、天ノ川の方角はこっちでいいんだろうかと、想いを馳せた。 「ねぇ咲希(さき)。雨だね?」 「え?あー。うん」 咲希は、ローソファの肘掛(ひじかけ)に頭をあずけてスマホにご執心だ。 せっかくの日曜日なのに、予定が立たずに咲希の部屋でダラダラと、昼のてっぺんを迎えてしまっている。 優は、窓の外の変わり映えしない景色に目をやりながら、独り言ちる。 「七夕なのにね」 咲希の口癖は、決まっている。 「え?あー。うん」 予想通りの答えで、鼻をならした。 寝転がる咲希ににじり寄って、覆いかぶさる。 うっ…と苦しげに一声上げても、スマホからは目を離さない咲希を、優は恨めしそうに見つめた。 「ねー。キスしよっか?」 「断る」 即答。 ため息と共に、ぱたりと咲希の胸に耳を当てながら、口に出してしまった性欲を、押しとどめられるか少し抵抗してみることにした。 彼女の甘い匂いと、 体温の温かさに誘惑されつつ…… ドクンッ、ドクンッと鳴る鼓動の回数を数える。 呼吸する度に、胸の膨らみが上下するのを何も考えず無心に見つめていると、自然と()れる優の口癖。 「まぁ、いいけど……」 珍しくスマホから目を離し、気だるく両腕を投げて天井を見つめる咲希。 ぴとぴとと落ちる雨音が、どこかで(かす)かに聞こえてくる気がした。 鼓動の音と雨音が、重なって、少しづつズレていく。不協和音が居心地を悪くする。 「はぁあ…」 と、大きなため息とも、あくびともとれるような、何かを吐き出した咲希にビクリとした。 急に体勢かえて優を押しのけて、 「ゆう!あとでね」 と立ち上がる。 「え?!あー。うん」 部屋を出て、トントントン…と階下へ下りる足音が遠のいてゆく。 きっとシーツを汚したくないのだろう。いつものように、バスタオルとなにかしらの準備。 咲希の両親は二人とも土日勤務の職種なので、まだ帰ってこない。姉は朝から出かけている。 ずっと、家全体がどんよりとしていて暗い。 静か過ぎる。 今日の天気のように…… 終始、身体は重ねていても心のズレは隠せなかった。 愛情を求めているはずなのに、快感が邪魔をする。 満たされたい欲が先に出て、ただ、習慣的に粛々と、それでも不思議と(えつ)を覚えた身体(からだ)が反射的に(もだ)える事を忘れていない。 荒くなる呼吸。お互いのしだいに早くなる動きから、経験則で相手が果てようとするのが分かる。 息を止めて、声が漏れないように、咲希が優の背中を抱きしめた、指先が、より強くなる。 目が合う。すぐ逸らしてしまう。 身体の全ては、優を受け入れて、今にも意識は飛びそうなのに…… キツく閉じた咲希の目からは、筋を作って流れていく一雫の涙。 二人が隠し事してるの、私は知ってる。 優の事は愛してる。誰にも渡したくない。 でも、優が(つぶや)く口癖は嫌い。 すぐ気づくよ。 お姉ちゃんの口癖だもの……
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