もしもし、誰?

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もしもし、誰?

「――え……っ?」  紗菜の喉がひきつる。   『もしもし? 誰?』    電話口から聞こえる、ぶっきらぼうな問いかけ。  間違いなく成人だろう。低く冷たく、かすれたような声だった。どう考えても少女のものではない。 「すっ、すみません!」    一方的に叫び、通話終了のボタンを押す。ぶつ切れになった通信、スピーカーからはプープーと無機質な電子音がする。胸を抑えながら息を吐いた。   「……びっくりした。なにか失敗したんだわ」    紗菜は改めて操作した。  電話帳から教わった通りに発信したはずである。おかしいなあと首をかしげながら、もう一度同じように。今度は四コール目でつながった。   『もしもし。ヒュウガだけども、誰がかけてきてんだ?』 「わ! え!」    また男の声だった。紗菜はそのまま無言で切った。  今度は電話帳の画面から、紙にメモして写し取る。横に並べて間違いがないかしっかり確認。そしてメモを片手に直接プッシュして、三度目の発信ボタンを押した。   『――あのさ――』 「どうして! あなた誰!?」    とうとう紗菜は叫んだ。男がムッ、と小さく唸る。   『なんだその言い方。そっちから何度もかけてきたんだろ』    言われて、初めて己が礼を欠いていたことに気が付いた。携帯電話を持ったまま頭を下げる。   「ごめんなさい、失礼しました。あの……夜分遅くにすみません。こちら峰岸紗菜と申しますが、原田さんのおたくでしょうか」 『……はあ?』 「あの、あたし怪しいものじゃありません。営業販売とかそういうのじゃないんです。ただの女子高生で、特に売れそうなものは持ってませんし」    男はしばらく言葉を失った。やがて返ってきた声は若干かすれていた。   『いや、この番号は俺のもので……っていうか番号で分かる通りコレ家電(イエデン)じゃないからさ』 「あっ、そうでしたか。たびたびごめんなさい。じゃあまた操作を間違えたみたいです」 『操作?』 「穂波ちゃんが登録してくれたんだもん、番号が間違ってるはずがないし。ほんとにすみませんでした。失礼します」    今度こそちゃんと礼をして、紗菜は電話を切った。  まじまじと画面をにらむ。   「おかしいなあ。これをこうして……でもまたあのひとに繋がっちゃうよね。どうしよう。もしかして壊れた?」    せっかく買ってもらったばかりなのに、まさかそんなと思いつつそれしか思い当らない。いよいよ諦めかけたとき、着信音がなった。あわてて画面を見ると、『原田穂波』と表示されている。   「もしもし穂波ちゃんっ?」 『……いや、期待してるトコごめん。ヒュウガですけど……』    また、あの男の声だった。   「さっきのひと。どうしてあたしの番号がわかったんですか」 『着信履歴からに決まってるだろう。なんだ君、コドモなのか?』    ムッ、と今度は紗菜が唸る。わかりやすく不機嫌な声で答えてやった。   「失礼ね、高校二年生です。携帯電話を初めて使ったから機能がよくわかってないの。仕方ないでしょう」 『だからコドモかって聞いたんだよ、イマドキ高ニで携帯デビューなんて珍しいから。買ってもらったばかりだっていうのは、ここまでの会話でわかってる』 「すみませんね、流行おくれの世間知らずで。あなた、なんで電話してきたの? ごめんなさいって言ったでしょう。お詫びが足りませんでしたか」 『そういうわけじゃ――あのさ』    男はしばらく、モゴモゴと言葉を濁した。紗菜が聞き返すと、かなり言いにくそうに返事が来る。   『あのな……あんた多分、意地悪をされているよ』 「……えっ?」 『なんにせよ、何回かけてもお友達にはつながらない。これは俺の電話番号だから』 「……どういうこと。どうして……?」 『いや……たぶん、たいした悪気はなかったんだろう。でもちゃんと怒ったほうがいい。こういうことされたら嫌だって、ちゃんと伝えな。そしたらもう、普通に教えてくれるはずだよ』    言葉が出てこない。  彼はそれ以上、説教じみたことなどはせず、それじゃあおやすみと短く言って、電話は切れた。    紗菜は、携帯電話のことを何も知らない。  だが物のわからない人間ではなかった。  男の言ったことを呑みこみ、胸に入れて、反芻し、ゆっくりと消化する。  そして少しだけ泣いた。
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