第1話 私とルーカスと日本

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第1話 私とルーカスと日本

 私の名前は武田信夢(たけだしんむ)である。21歳である。  父も母も日本人だが、二人ともアメリカで暮らしている。私もつい先日までアメリカのテキサス州の片田舎で割と平穏に暮らしていた。  身長は170センチ。日本では普通、アメリカでは小柄な部類に入る。  体重は60キロ。日本では普通、アメリカではライト級に属する。  顔は父親似であり、アジア系としては彫りが深い。日本を訪れ、日本語を流暢に話すと決まって日本人を困惑させる。英語を流暢に話しても日本人を困惑させる。  現在は日本の京都の私立大学で、交換留学生として文武両道に励んでいる。  父は剣道の師範をしているが、私が生まれてからこのかた、生徒は私と私の幼馴染のルーカス・ベイルだけだ。つまり、大学で言語学を教える母の完全なるヒモである。そして、このルーカス・ベイルも交換留学生として同じ京都の大学に通っている。  ルーカス・ベイルは、私と対照的にアメリカンサイズだ。身長は196センチ。体重は100キロ。スポーツ万能で頭もいい。アメコミの巨大なハンマーを使うヒーローのように、筋骨隆々のボディーだ。大学のアメフト部の選手としても活躍し、卒業後はプロ入りすを期待されている。しかも、顔もよく、今まで何人ものチアリーダーたちと浮名を流してきたプレイボーイだ。  私は正直に言うと、日本に留学するつもりはなかった。と言うか、来たくなかった。それは、父親の武田真剣(しんけん)のせいである。自称侍の父は、私にとっては奇人変人でしかなかった。そして、この父を生み出したジャパンという国に私は恐怖すら感じていた。いったい、このご時世にどうしたら稽古と称して一日中刀を振り回す必要があるのだろうか。このご時世どころではない。50年前だって時代遅れであったはずだ。  百歩譲って、剣を持ち歩いていれば確かに暴漢に襲われても何とかなるかもしれない。しかし、そんな物騒なものを持ち歩いていたら、暴漢に襲われる前に警察が黙っていない。あっさりと銃刀法違反でお縄にされてしまうだろう。  しかし、父は私とルーカスに徹底的に剣術を教え込んだ。一日も休むことは許されなかった。と言うか稽古に出ざるを得ない状況であったのだ。なぜだか分からないが、親友のルーカスは、父が熱く語る武士道に強烈な興味を示し、毎日うちにやって来ては父に稽古をせがんだ。それでは、息子の私の立場が危うくなると幼心に思った私は、嫌々ながらも稽古に励んだ。  ルーカスは父を神と崇めた。そして、その神に一歩でも近づくため、日本行きを決めたようだ。  繰り返すが、私は日本に行くつもりはなかった。行きたくなかった。そのことを知ると、ルーカスは本気で怒った。 「それでもお前は神の息子か!」 「いや、神の息子ではない。どちらかと言うと時代錯誤の変態の子だ」 私の正直な告白にルーカスは意外な反応を示した。  号泣したのだ。  しかし、理由は私の告白に落胆したからではなかった。 「お、お前は親友のくせに俺をたった一人であんな物騒な国に送り込む気か!し、信じられないよ!」 つまり、怖かったのだ。  私はグリズリー顔負けのルーカスに喧嘩をふっかけるバカはいない、そもそも、日本の方がよっぽど安全だと説明したが、父にほぼ洗脳されているルーカスはまったく聞く耳を持たず、私が一緒に日本に行かないなら切腹すると言い出すしまいであった。  そして、私は不承不承、日本行きを決めた。ちなみにルーカスも私も日本語は完璧に話せる。理由は簡単だ。父が日本語しか話さないからだ。以前、父の英語力を疑った私に対して、父は明らかに慌てた様子で、 「そ、それは、母国語である日本語を話せるようになってもらいたいからだよ。本当は英語ペラペーラさ!」 とひきつった笑顔で言い張った。  しかし、その父のおかげで、私だけでなくルーカスも日本語を話せるようになった。そのことについては感謝していると言っておく。  そんな経緯があって、私はルーカスと共に日本へと飛び立った。
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