第7話 ただのいとこ

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第7話 ただのいとこ

 ドーン、と布団に横になる。クーラーの冷風が、シャワーで温まりすぎた体から余計な熱を吸い取ってくれる。転がりながらスマホでTwitterやら何やらを見ていた。  中にはリア充の友だちからのデートの報告LINEが入っていて、内心、げっそりする。 『楽しそうでよかったね』 と2学期のために無難な返事を送る。  さて、そろそろ夕食の支度の手伝いに呼ばれる頃だ、と根っこが生えてしまいそうな腰を上げる。クーラーの電源を切って部屋を出た。  蓮ちゃんの部屋はわたしの隣の部屋だ。小さな弟妹が両親に近い部屋にいるので、まさに十把一絡げ、年上のわたしたちは2階でも奥の部屋をあてがわれた。  小学校4年生くらいからいとこ同士、雑魚寝をしなくなって個室を与えられた。蓮ちゃんは夏と冬、2週間ずつうちに来るので「個室」を持った。それくらいうちでの蓮ちゃんの存在感は大きかった。  そう、蓮ちゃんはうちの子なんだ。  わたしは蓮ちゃんのLINEも知っているけれど、滅多なことで連絡なんかしない。「今度は何日から来るの?」とか、「着くのはいつ? 」とか。頻繁にLINEし合う兄妹は気持ち悪いだろう。無意味に連絡なんかしない。それくらい兄妹なんだ。 「ああ、かわいい子、いるよ」  蓮ちゃんの部屋の前で足が止まる。電話しているらしい。蓮ちゃんはうちでの個室を自由に使っている。  わたしもいつも通り気にせず通り過ぎてしまえば良かったのに、なぜか足が止まってしまった。決して立ち聞きするつもりはなかったんだけど、止まってしまった足は、もうスムーズに歩き出すことができなかった。 「うん、今日も一緒に出かけてさ、お互い暑さにまいっちゃって。炎天下に30分以上歩いたからさ」  わたしのこと、と息を飲む。かわいい子って、さっき言ってた。……それは本心だろうか? そう言えば今日、出かけた時の蓮ちゃんはいつも家にいる時よりやさしかった。 「飲み物くらい奢ったよ。生クリーム乗っけてやったらすごい喜んで。そういうとこ、女の子らしくてかわいいと思うだろう?」  頬が、紅潮してくる。たぶん耳まで赤くなっている。ヤバい、うれしい。かわいいって言われてうれしくないわけはない。 「うん、うらやましいだろう? じゃなきゃわざわざ田舎に来ないって……なんてな、そうだよ、怒るなよ、ただの従姉妹だよ。そう、ちっさい時からよく知ってるの」  ……ただの従姉妹。問題は無い。  わたしだって今日、誰か知り合いに会ったらわたしも「ただの従兄弟」だと答えるつもりだったんだから。  電話の向こうは彼女だろうか? 彼女をからかったんだろう。  わざわざこんな夕方近い時間に直電しているなんて、彼女に違いない。そうなんだ、わたしが知ってる蓮ちゃんは夏と冬、それぞれ2週間ずつの蓮ちゃんで、それ以外の11ヶ月と少し、何をしているのか、どんな生活をしているのかちっとも知らない。知っているのは、わたしの「お兄さん」の時の顔だけだ。  部屋の前を通るという合図にドンと足を踏み込もうとして、そろそろと滑るように歩く。そんな勇気も、権利もわたしにはない。 「千夏」 「はーい」  階下のお母さんから声がかかる。急いで下に向かう。 「インゲン、取ってきて」  玄関でサンダルを履いて、園芸用のハサミを手に持つ。 「蚊に刺されるぞ、そんなノースリーブのワンピなんか着て」 「いつもこんなんだから大丈夫」 「ハサミ貸せよ。何取ってくるの?」 「大丈夫だってば」 「なんだよ、変なとこで意地張って」  蓮ちゃん、と台所から声がかかる。はーい、と蓮ちゃんはわたしをチラリと見ながら台所に向かった。  うちはおじいちゃんが生きていた頃は農家だった。でもお父さんが役所で働くようになって兼業農家になり、おばあちゃんも歳をとって、自分の家で食べる分だけを作るようになった。  夏だと、インゲンやトマトやナスやキュウリ、トウモロコシなんかを作る。大葉は毎年、種がこぼれて勝手に生えてくる。  インゲンは大きくなりすぎると固くなる。そうなる前のものをハサミで収穫する。パチン、パチンと音がして、プーンと嫌な音が耳元に聞こえる。白と黒の縞縞の蚊が、わたしに付きまとっていた。刺される前に家に戻る。  あら、そんなことないわよぉ、と声が聞こえて何のことかと思う。蓮ちゃんはピーラーを片手にジャガイモの皮を剥かされていた。 「千夏もお年頃だって自分で言ってたし、年に2回もこんなに長く俺、来すぎかなって」 「考えすぎ。千夏、蓮ちゃんが来てあんなにうれしそうじゃない。蓮ちゃんに好かれたいんでしょう。難しいのよ、あの年頃は」  サンダルの話だ、と思った。好かれたいと思ってあれを履いたのか、それは自分でも甚だ疑問だった。そしてそんなことを遠回しに話すお母さんを少し恨めしく思った。  蓮ちゃんには彼女がいるんだし……、そういう話は無意味だ。 「妹みたいに育ったからさ、離れたらさみしいよ」  ほら、頭の上に垂直におもりが降ってきた。さみしいって言われてうれしいはずなのに、何か欲しいものと違うものがやって来た。 「お母さん、インゲン」 「スジ取って洗って、半分に切って」  わかった、と答えてピーラーを使う蓮ちゃんの隣に陣取る。水道水は生温い。採りたてのインゲンはツンツンしていて、指先に刺さるくらいだ。 「あ」  隣にいた蓮ちゃんものぞき込む。右手首の少し上に、赤い斑点ができていた。 「ほら、だから代わってやるって言っただろう?」  あんなに気をつけてたのに不覚をとった。見ていると痒みがじわじわ広がっていく気がして、気持ちがそっちに向く。 「蓮ちゃんが採りに行ったって刺されたと思うよ」  少し間があって、俺はいいんだよ、と蓮ちゃんは言った。  夕飯は肉じゃがだった。
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