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これは一体どうすれば…?
秋はもともと静かにしておくことがなによりも苦手なため、我慢がきかなくなっていた。この耳が痛いくらいの緊張感。とても耐えられない。清治はなぜか、秋に背を向け何も話さない。確かに、口数が多い方ではないが、今は何か言って欲しかった。
(なにか、なにか言わなきゃ)
秋は、もぞもぞしたいのを必死におさえた。動いたら、このよく分からない緊張が切れてしまい、なにかが溢れだす気がして、動けない。
なんで、なんも話さないんだよ。秋は、すぐ近くにいる清治が恨めしく思う。綺麗な形の頭は、向こうを向いたまま、動かない。頭の形は後ろ側なのに、完成している。そのサラサラとした髪に秋は自然と手が伸びる。あと少しで、触れそうな距離で、清治が身動ぎ、秋は、急いで手をしまい、音をたてないように清治と背中あわせになる。清治が、振り替えるのを背中で感じ、身構える。秋は、目をつぶり、拳を握る力を込める。
(罵られるのは、覚悟してる。何でもこい)
秋は、心を決めた。清治が息をすう音がして、
「……付き合わないか?」
音が、部屋の空気を震わせ、秋の耳を揺らす。あまりに聞きなれない単語に、秋は、
「えっ?」
と呟き、思わず振り返ってしまう。清治の目と視線が交差する。清治の顔は、何を考えているか分からず、さらに秋を混乱させた。
(清治が俺に告白?)
頭の中がごちゃごちゃになり、言葉が上手く理解できない。人は予想だにしなかったことを言われると本当に頭が真っ白になるんだなと、秋は、他人事のように思った。
(付き合う…?付き合うってなに?)
秋は、清治の言葉を反芻した。そして、一昨日、メールで、なんかカバン見に行きたいって言ってたのをさっと思い出した。そのことかな、秋は、やっときちんとありそうな答えが出てきてほっとした。清治は少し天然なところがあるし、多分雰囲気読み違えて今、言っちゃったんだと秋は心の中で苦笑する。
秋は、清治が今まで付き合ってた綺麗な女の子を思い出して、恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。秋は、タイミングが悪い清治に、少し呆れて、でも嫌いになれない自分に心が痛んだが、それを悟らせないぐらい、わざと笑顔を作った。
「いいよ、どこに行くわけ?てか今何時?」
と明るく答えると、困惑したように秋を見つめる清治と目が合う。さっきまで、無感情のように何も色が無かった清治の目は、秋の言葉を理解できないという風に揺れていた。
清治は、
「秋………わざと言ってるのか?」
「わざと?」
清治が何を言っているのか分からない。でも、すごく嫌な予感がして、胸がざわざわする。清治の次の言葉が聞きたいような聞きたくないような。秋は、清治の口が開くのを見て、なぜか、口を手で塞いでしまいたい気持ちでいっぱいになる。でも、秋が手を伸ばすよりも早く、清治は口を開いた。
「俺は秋に恋人になってほしいって言ってるんだ」
あっさりと、まるで、普通のことのように言う清治の瞳を捕らえる、秋の目は、これでもかってぐらいさまよっていた。
(俺と清治が付き合う?なんで?えっ?)
さっきの比にならないくらい、頭がごちゃごちゃになっていて、少し頭が痛いくらいだった。
清治は、
「秋のこと結構前から好きだ。秋が良ければ恋人になりたい」
畳み掛けるように告げる。
顔を見ると真剣な顔をしており、秋は清治が本気で言ってることがわかった。
「冗談…だよね?」
でもやっぱり信じられなかった。信じられないというより、自分が何を聞き間違えているんだろうと飽きは動かない頭を回転させたが、なにも状況は変わらない。悪い夢なら覚めてくれと、願う秋に
「なんでこんな冗談言うと思うんだ?本気だ、秋は俺のことどう思ってる?」
と清治が顔を近づけてくる。それから、逃げるように距離をとると、手が壁にぶつかり、これが現実だと主張してくる。秋は到底信じらることはできなかった。夢にまでみた、嬉しいはずの状況なのに、素直に受け止められなかった。
『忘れたのか』
秋はしつこく囁きかけてくる声に、
『忘れたことなんてない』
答えた。そう、あの日のことは。
秋は、分かっていた。今は、神様の操作ミスで、俺のことを好きになってしまっているかもしれない。でも、終わりはいつかやってくる。そう、分かってる。分かっていたから、秋は素直に喜べないし、頷けなかった。何回もした想像の中や何回も見た夢の中の自分は、清治に告白されて、すぐに付き合って幸せそうだったが、現実はそんな簡単に行くことはないんだなとどこか冷めたようにこの状況を見ていた。好きな人に好きだと言われる、夢のような状況なのに、指先は冷たく震えている。秋は、金縛りにあったように自分の体が動かせなかった。
このまま、起きたら次の日の朝にならないかなと秋はうつむく。そんな秋に、
「秋?俺のこと嫌いか?そういう目では見れないか?」
清治が、ぼそっと呟く。少し悲しそうな声に
「な、なわけっないじゃん、俺の方が絶対に先に好きだった」
秋はつい反射的に答えてしまった。耳まで赤くなってくるのがわかる、好きな人が悲しそうな顔をしてる理由が自分だなんて耐えられなかった。
(やってしまった……)
ほんとはうまく誤魔化そうと思っていた。清治と俺は付き合うわけにはいかない。終わりが見える関係なんて、多分、耐えられない。秋は清治の反応が怖くて、またうつ向いた。秋が、身を引くべきだったのに。でも嫌いとか嘘でも言えない。うつむいた秋の目に震えている指が目に入る。
「わっ」
秋は目を開けると清治の腕の中にいた。清治の匂いに包まれるのがとても心地がいい。秋はぽわーっとしてしまっていた。小さい頃から、喧嘩しても抱き締められたらもうおしまい。なにも言えなくなってしまう。
「秋、もう一回ちゃんと、俺を見ながら言って」
清治は秋のおでこに自分のおでこをくっつけて、すがるような声で言った。清治の目は優しい色をたえていた。その目をみて何故か無性に泣きそうになった。
(ずるいよ)
やっぱり好きだ。目も口も鼻もなにもかも、好きだった。こんなに人を好きになれるのかと怖くなるくらいただ好きだった。この思いに気付いてから何回も嫌いになろうと、嫌な所を見つけようとしたが、逆に好きな所がただただ増える一方で、秋にとって、これは最初で最後の恋なんじゃないかってくらい清治のことを好きな自分が浮き彫りにされるだけだった。
そんな清治に好きだと言われたということが今になって、どれだけ、幸せなことか実感する。一生のうちに、もう巡り会えない幸福だろう。それなら、せめて、せめて、清治が俺に飽きるまで。この状況を、許して下さい。この世のあらゆる神様にお願いしよう、誰か、気まぐれに助けてくれるかもしれない。いつか絶対に来るだろう別れは秋にとって耐えられるか、分からないくらい辛いものになるだろう。でも、少しだけでも、すぐそばにいれるなら。
秋はただ清治が好きなだけで、なにも清治に渡すことが出来ないけど、隣にいられるならそれでよかった。隣にたつ資格がないことなんて、Ωだと判明したときから、分かってた。でも許されるなら今、この幸福な時を清治と過ごしたいと思った。
そんなことを思っていたら、目から自然と涙がぽろぽろ零れていた。なんで俺はこの幸福を自ら手離そうとしたんだろう。掴みとることもできなかったかもしれないこの幸福にすがり付くべきたったのに。
「清治のことが…好き。……好きだ」
秋は、自分の言葉を確認するように、呟く。消えそうなその声に、清治は泣きそうな顔をして、ぎゅっと抱き締めてきた。少し痛いくらいの力で抱き締められた。
秋は嬉しくて、また涙が溢れた。
背中に手をまわそうとして、躊躇してしまう。まだ、決心がつかない自分がいた。そんな秋を知ってか知らずか、抱き締める腕に力がこもる。清治がどれだけ秋のことを好きか、教えてくれているようだった。
神様、どうか、俺からこの人を少しの間でいいので奪わないでください。このまま、時が止まってくれないだろうか。
秋はどこにいるのかわからない神様に今日何回目かわからない願いを告げ、躊躇いがちに、大きな背中に腕をまわした。
「秋は意外と泣き虫だったんだな」
清治は嬉しそうに笑った。
ゲストルームに置いてあるホールクロックの音だけが部屋に響く。刻まれている時間が何故かいつもより早く感じた。秋のこのまま時が止まればいいのにという願いに対する神様の回答のようだった。
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