黒猫魔法ギルド ポンボン支店 休業中

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黒猫魔法ギルド ポンボン支店 休業中

 ポンボルーナルーンの町。片田舎では都会ともいえる規模なのだろう。それでも城郭都市とは比べ物にならない。  トコトコと、ソーマとアンネが歩いていく。町の通りに人の往来はあまりない。ポンボルーナルーンは、それほど人口が多い町ではないからだ。コビットと、コビットと獣人(ライカン)のハーフなど珍しいものだが、町人は特に気に留める風はない。若干、眉をひそめるものはいるが、それは二人の種族ではなく、二人の仕事に対しての感情なのだ。 「あ、ソーマ君、アンネちゃん」  通りの向こうから、ソーマとアンネに手を振っている青年がいた。ブラックのフード付きローブはレザー調で、やけに映える。それだけではない。しゅっとした輪郭にスタイル。6フィール(1フィール=30センチ)はあろうかという長身。大きな眼はやや垂れ目で、瞳はオリンピア・グリーン。髪色はアザー・ブルーで、爽やかな短髪だった。俗に言う、イケメンというやつだ。  彼の名前はクライヴ・ステュアート。大陸中央部ストレイユブールの出身で、由緒正しき地元の名士の生まれだ。エックスフォード学院で魔法学と経済を学んだ。魔法によって生まれる技術で、人々の生活を向上させ、それによって経済を発展させるという、まさに黒猫魔法ギルド本部が提唱する理想を、課程論文で発表。一目惚れした黒猫魔法ギルド本部からのしつこ過ぎる勧誘に遭って、学院を首席修了後、黒猫魔法ギルドに勤めるようになった。  黒猫魔法ギルド本部期待の若手のホープとして、本部で半年勤めた後に、有名支店のエステルダムに勤務するはずだった。しかし異動を告げる通知がちょうど本部で行われていた空間制御魔法の余波で起こった爆風で、ごちゃごちゃに混ざり、誤って別の人間の手に渡るはずのポンボルーナルーン支店行き通知がクライヴの手に渡り、この片田舎に赴任してきた…という悲劇の人。  魔法使いだが、逃亡した会計士に代わって経理係も兼務している。毎日閑古鳥が鳴くポンボン支店といい加減な魔法使いたちの中にあって、ひとり善良で誠実な人柄を持つ常識人。いわゆる真面目担当。しかし溜まった鬱憤が頂点に達した時…。彼を止められる者はいない。 「あ、クライヴさん!」  クライヴの姿を見つけたソーマとアンネが、トコトコと駆け寄る。二人の目線の高さに合わせるように、クライヴが屈んだ。 「大丈夫だった? なんか向こうから黒煙が上がってたから、見に行こうと思っていたんだ」 「いっ⁉︎ あ、あぁー、と。だ、大丈夫です! ね? アンネちゃん?」 「そ、そうですね。ちょっと、ちょっとだけ草原がスッキリしましたけど…」 「スッキリって…。やっぱりエクポ草原で、火の魔法を使ったの?」 「は、はわわ。そ、それは、えーと、すすす、すみませんでした‼︎」  アンネがその場で全力で頭を下げた。勢いがよすぎたのか、背中に背負ったリュックサックから飛び出した魔法の杖(マジック・バトン)が、クライヴの鼻に命中した。 「いた!」 「はわー! クライヴさん、ごめんなさいぃ‼︎」 「ああ、大丈夫、大丈夫。気にしないで。それより、これは一応謝罪に行った方が…」  クライヴが鼻を押さえていると、三人に忍び寄る影があった。その影に、三人も気づいた。  じっと上から三人を見下す者。それはポンボルーナルーンの名士、ワイアット・ブランストーン。立派な体躯と威風堂々とした外見を持つ。口をへの字に結ぶ強面は、近寄りがたい雰囲気を持つ。先祖は開拓農家だったが、ポンボルーナルーンで富と名声を得た。町議会の書記長も務める、ポンボルーナルーン随一の実力者だ。昔気質な考えの持ち主で、当然というか、黒猫魔法ギルドを厄介者として敵視している。  すぐに立ち上がったクライヴは、身なりを整えて居ずまいを正すと、その様で一礼した。 「これはブランストーン卿。ご機嫌はいかがでしょうか。今日のお召し物は一段とまた似合っておりますね。天気も良いですので、出掛けるにはぴったりです」  褒めから入るこのスタイル。やはりこのクライヴ。只者ではない。自分の方が遥かに上位の家格の生まれだというのに、平然と頭を下げている。しかもさり気に気候の話題なぞも振ってきて、あくまで自然にこの場をやり過ごそうとしている。 「先程、エクポ草原から不審な煙が上がっていたが、また貴殿らが何かしたのかな?」  ギクッと、背後でソーマとアンネが反応する。二人の額から、冷や汗が伝う。 「申し訳ございません! それについては、今からブランストーン卿に謝罪をしに参ろうかと考えていたところです。まだ未熟な魔法使いを、使いに出した私の不行き届きです。どうかこの場は怒りをお納めいただきますよう、お願い申し上げます!」  通りに響き渡るようなクライヴの声。誠心誠意、頭を下げている姿と、これ以上エクポ草原に異常が見られないこと判断したのか、ワイアットは踵を返した。 「今回は許そう。しかし何度目だ。君たちは民衆の生活に不安を与えている。それをもっと自覚したまえ。何が魔法ギルドだ。脅威そのものだろう」  ご丁寧に捨てゼリフを吐いて、ワイアットはその場を去っていった。    安心したのか、三人がその場で大きな息をついた。 「ごめんなさい。クライヴさん。僕たちのせいで…」  ショボーンという言葉が似合うだろうか。ソーマもアンネもすっかり気落ちしてしまっている。クライヴは屈みこむと、二人の頭を撫でた。 「過去に魔法が人間に伝わった時、人間は上手く使いこなせなくて、失敗ばかりだったんだ。失敗を繰り返して、魔法は発達してきた。人も同じだね。失敗を繰り返して学んでいく。だから、今回のことを教訓として戒めて、次に生かすことを考えよう」  ソーマとアンネの眼に、少し涙が溜まっている。イケメンである。とことんイケメンであった。手違いでポンボルーナルーン支店に配属されたこと以外、彼を貶める材料など見当たらない。もっともそれが最大にして最凶の不幸なのだが…。 「じゃあ行こう。例のやつは、取ってきたんだよね?」 「はい! ここに確かに!」  ソーマがポシェットを叩いた。実は入っていないとか、そんな面白すぎる展開には残念ながらならなかった。  三人が並んで歩いていく。大きな十字路を左へ。さらにその通りをずっと歩いた先の町はずれ。  鬱蒼とした草が生え、巨木がどっしりと根を張るその場所に、黒猫魔法ギルド ポンボン支店があった。  赤い屋根。クリーム色の壁はキラキラと光っているように見える。出入口の扉の上には、黒猫の看板が掛けられていた。煙突からはモクモクと、白い煙が立ち昇る。巨木から差す木漏れ日が、ギルドの建物を照らす。魔法ギルドでありながら、ギルドの魔法使いたちが住む家でもあるので、建物としての規模は大きかった。  ドズゥン…。  鈍い轟音。地面から揺れが伝わる。ちょっとだけ建物も揺れてたりなんかして。 「い、今、凄い揺れましたよね⁉」 「こ、この揺れって…」  地面をきょろきょろと見回す、ソーマとアンネに対して、クライヴが頭に手を当てて、大きなため息をついた。 「また、ミゲール副店長だな…」  片田舎の町はずれにあります。黒猫の魔法ギルドポンボン支店。今日も今日とて、住民を不安に陥れる、謎の轟音が響く。  そんなこととは知らず、巨木に止まるピューチェ鳥が、高い鳴き声で鳴いている。  黒猫魔法ギルド ポンボン支店。本日はさる事情にて休業日です。  
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