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「さて、ソーマ。探してきたものを渡してもらおうか」
リーザヴェートは一番奥のデスクのチェアーに腰かけた。彼女の席はここ。まあ店主だから一番いい席に座っているのだろう。
「はい。取ってきました。夢幻晶珠です」
「はい。どうも」
ソーマがリーザヴェートに夢幻晶珠を渡す。これは輝石の一種である。
ここで魔法と、それに関わる道具について説明しよう。
まず魔石。魔法の効力や、魔力を増幅させる道具のひとつ。主に鉱山などで、古い鉱石が時間をかけて魔石へと変質する。使用を続けると魔石は力を失うために、新しい魔石を手に入れる必要がある。魔石は大きさに関わらず、その効力を発揮する。大きければ効力がある訳ではなくて、その質が問題になってくる。小さい方が携帯には便利なので、小さく良質な魔石が好まれる。
次に輝石。これは増幅効果はない。杖に取り付けてたいまつの代わりに使ったり、加工して魔除けの光を放つものにする。また魔力を吸収して様々な効果も発揮するので、水晶と共にオーブへと加工されることもある。輝石は魔石よりは持続力があるが、それでも力を失う時がある。そして魔法使いにとって輝石が重要なのは、そもそも輝石の力がないと魔法を使用できないことだ。
輝石は光を放ったり、魔力を吸収してさまざまな効果を発揮する。魔法を使用する際には、言霊たる呪文を詠唱して、マナと元素に呼びかける。次に体内の魔力を魔力回路から体外へ放出。ここで輝石が魔力を吸収して、マナと元素に働きかけるパワーとなるのである。輝石、スゲェ。
中には輝石を介さずに魔法を行使する魔法使いもいる…らしいが、多大な負荷がかかることに注意しなければならない。
ソーマやアンネも使用していた魔法の杖。これは魔力を宿した樹から作られたもの。つまりもともと魔力を蓄えている。ソーマやアンネのような、魔力を完全に制御できない低位の魔法使いや、中位級の魔法使いは、この魔法の杖に輝石を取り付けて、魔法を使う。魔法の杖と輝石。ふたつの力で魔力、魔法、魔法威力の安定、制御を図るのだ。ちなみに杖の長さは様々である。
次にバネッサが使っていた水晶玉。通常装飾品として用いられる水晶は、色味のないものである。しかし魔法で使う水晶は、色味のあるものが選択される。水晶玉はドルード魔法でさまざまな効果を発揮する。
え?ドルード魔法ってなんだって⁇
ドルード魔法とは、感覚魔術とも呼ばれる。特定の人物の魔力を感知して居場所を見つけたり、魔力を発するものの場所を探知したり、相手の魔力を察知したりする。相手の気や思念を読み取ったりすることで、未来を占う。占星術もドルード魔法のカテゴリに入る。どちらかというと初歩的な魔法だが、極めれば相手の思考を読めるまでになる。
えーと、何の話してたっけ…。
そうそう魔法道具の話。
高位の術者になると、輝石を杖にはめ込むのではなく、ネックレスやリング、ブレスレットなどにして身につけて、魔法を操れるようになる。つまり魔法の杖が不要となる。代わりに特殊な効果を持つ魔法の杖を持つ術者が増える。
今回ソーマたちが回収してきた、夢幻晶珠は、輝石の中でも、輝皇石(かつては王族への献上品であった)と呼ばれる特別な力を持つものだ。黒猫魔法ギルドのギルド運営規則で、各店にひとつ輝皇石が配置される。輝皇石は配布時に店主の魔力と感応させて、波長をシンクロさせる。そのために店主しか扱えない、店主専用の魔法道具となる。扱う輝皇石は店主のレベルにより異なる。
輝皇石を用いて、ギルドに来る依頼を処理し、処理内容を記憶、蓄積させる。蓄積した情報は本部に念信という形で転送されるのだ。本部はその情報をもとに、ギルドの運営を取り決めていく。つまりギルドの運営に欠かせない重要な魔法道具であり、希少なものなのだ。
「まさかあのデッカい変な鳥が、夢幻晶珠を持っていくなんて」
つぶやくようにクライヴが言う。
「ここ一週間でしたよね。屋根の上ら辺に留まってたりとか」
アンネが頰に手を当てて首を傾げる。
一週間前から、ポンボン支店の周辺に謎の怪鳥が現れた。こちらを攻撃するでもなく、お店の周りをうろつくだけだった。ある日ソーマが掃除のために窓を開けていると、窓から侵入した謎の怪鳥は、夢幻晶珠を持ち去ったのだ。
慌てたソーマは謎の怪鳥を追跡。風の魔法で怪鳥の進行を妨害し、怪鳥がエクポ草原に夢幻晶珠を落とすのを目撃した。
しかし広大で複数の魔物もいるエクポ草原から、夢幻晶珠を見つけ出すのは至難の業。バネッサの魔法探知で、夢幻晶珠を探し当てたのだ。
「すいません。僕がもう少し注意していれば…」
しょんぼりするソーマに対して、ネロが頭に手を置いた。
「気にするな。ソーマのせいじゃないさ。それにこうして戻ってきた訳だしな。ねえ、店長?」
「ああ。ま、戻って来なかったら八つ裂きだったけどね」
「ひ、ひいいいい」
冗談なのか、リーザヴェートが笑いながら言う。いや、眼が笑ってないわ。
「せやけどおかしいな。あの鳥」
「ええ。私も思いました」
「…何が?」
同じ疑問が浮かんだミゲールとベガの言葉に、バネッサがわずかに首を傾げた。
「よう考えてみい。いくら光りモンが好きや言うてもな。ここ一週間くらいこの辺りうろついて、ピンポイントであれ盗むか? 絶対おかしいで」
ベガの言うことはもっともだ。しかもわざわざソーマが掃除に意識を集中している最中を狙ったのだ。偶然にしては出来すぎている。
「とはいえあの怪鳥が何なのか。追求する手立てはもうありませんからね。これからは警戒を強めるくらいしか出来ないでしょう」
クライヴが言うと、全員が納得するように頷いた。飛び去った謎の怪鳥。はたしてどこへ行ったのやら。
「何はともあれ、これで無事にギルドを再開出来ますね!」
「うん!」
「そうだね」
両手を握って眼を輝かせるアンネ。嬉しそうに頷くソーマ。微笑ましく同意するクライヴ。
「…ちっ」
「え⁉︎ 今舌打ちが聞こえた! 店長、店長じゃないですよね⁉︎」
「ソーマ。どう考えても、リーザヴェートの舌打ちや」
気だるそうにため息をついたリーザヴェートは、夢幻晶珠を自分のデスクにある、設置台に置いた。
「ま、お客さんなんて来ないけど」
「私はひとまず、オナラの音と匂いを消す新しい魔法。いえ、今度は道具を開発してみますよぉぉっ‼︎ 魔法は詠唱のリスクがあると気づきました!」
「大胸筋が俺を呼んでいる‼︎ 新たなる覚醒を促せと‼︎」
「て訳で、営業再開は明日から。店長命令だ。あたしは寝るよ」
「なんや、俺も眠なってきたわ」
「もう、皆さんちゃんとやりましょうよ‼︎」
「アンネちゃん! 町に行って明日から営業再開だって、宣伝して来よう!」
「はい! 行きましょう‼︎」
ピューチェ鳥が鳴いている。
黒猫魔法ギルド ポンボン支店。営業再開は明日になります。
駆け出すソーマとアンネが、町の通りで営業再開を告げる。
今日も皆が違う方向を向いてます。
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