探しものは宝物

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 応接セットのテーブルに、飲み物が置かれた。ブレンダーという器具で果実を押しつぶし、絞ったジュース。シロップに漬けたルークターンをカットしたデザートが出された。 「それで、あなたはどうしてここに来たの?」  応接セットには、アンネとミゲールが座っている。ネロとバネッサも、リタの様子を窺っていた。さすがにお客の前ではそれぞれ自由な行動を慎んでいる。あ、いや、店主いないわ。バネッサも水晶玉チラチラ見てるし。 「…あのね。ミーナちゃんと一緒に、遊びに出かけたの。ミーナちゃん、いつも綺麗なネックレスを付けてるの。いいなあって思ってて、その時だけ貸してもらったの。それでね、ミーナちゃんと川で遊んでた時に、無くしちゃったの。ミーナちゃん、気にしないでって言って許してくれたけど、きっと怒ってると思う。捜したんだけど、リタひとりじゃ見つけられないし、川にばっかり言ってたら、お母さんに怒られちゃうし…」  リタはうつむいてしょんぼりしていた。どうすることも出来ず、途方に暮れてこの黒猫魔法ギルド ポンボン支店を訪れたのだろう。 「それで、前にミーナちゃんが、町はずれに魔法使いさんがいるって話してたのを思い出して、魔法なら見つけられると思ってここに来たの。お願い、リタと一緒にミーナちゃんのネックレスを捜して」  単純だけど、切実な願いである。子どもの頃と大人の頃だと、価値観は変化している。大人になって子どもの頃遊んでいたおもちゃを見つけても、懐かしむことはあれどそのおもちゃで遊ぶことはないのと同じだ。  はたから見れば大したことのない用件でも、リタからすれば大事件なのだ。 「仕事の依頼、ということになりますと、それなりの報酬が必要になりますが…」  ミゲールの発言は当然である。慈善事業の類いではない。黒猫魔法ギルドはチェーン店なのだ。しかしそれを聞いたリタの顔が泣きそうになる。アンネもどうすればいいのかわからず、困っているようだ。 「え〜…。お金が必要なの?」 「す、すみません。黒猫魔法ギルドは、魔法によって人々の生活を手助け、または発展させることを目的としております。そのためには、それなりの魔法道具も揃えなくてはならないのでありまして、まあ、魔法道具は安価なものは破損しやすくてですね〜。あ、あとは一応我々にも生活がありまして…」  なんとも子どもの対応が苦手な男だ。やっぱり見直さなくていいでしょう。うむ。  しかしせっかく来てくれた幼気な少女を追い返す訳にもいかず、ミゲールもアンネも参ってしまっている。遠巻きに眺めているネロやバネッサも、フォローが思いつかずに成り行きを見守るだけだ。ソーマとクライヴはまだヨハネ爺さんの話を聞いて…って爺さんまだいるんかーい!  リタが肩から下げたカバンを漁りはじめる。小さな袋のような財布だ。そこからお金を取り出したリタはテーブルの上にすべてのお金をぶちまけた。 「これがリタの持ってるお金全部! お願い! これでミーナちゃんのネックレスを捜してほしいの!」  541クロース。クロースはこの辺りの通貨ね。どれくらいかと言うと…。  子どもひとりの一食分に相当する金額……。  さすがにミゲールもアンネも絶句するしかない。しかしリタはなんかもう、引き受けてくれるまで帰らない空気だ。まるでヨハネ爺さんのごとくって、いつの間にやらヨハネ爺さん帰ったみたい。  心配したソーマとクライヴも、リタのいる応接セットにやってきた。しかし事態を把握して、黙り込むしかない。あまりに無力。大人の世界ってヤダね。なんでもお金お金でさ。幼気な少女ひとり助けられないんですよ、これが。 「なかなかお金持ちなお嬢ちゃんだねえ」  天から降ってきたような声が、室内に響いた。夢幻晶珠(エターナル・グローブ)や水晶玉が、淡く発光している。魔法道具がわずかに震える。  階段から下りて姿を見せたのは、(多分今まで寝ていた)店主のリーザヴェートだった。ゆっくりとした足取りで近づき、リタの横に立った。  いきなり現れた美貌の魔女に、リタは眼を奪われていた。そりゃそうだ。一階にいるこのなんちゃって魔法使いみたいな連中に比べたら、圧倒的な魔力の持ち主である。レベルが違うから。  リタに対して優しく微笑んだリーザヴェートは、目線を合わせるように屈んだ。その眼は真剣そのものだ。 「もし失敗しても、このお金は戻ってこないよ。それでもいいの?」  リーザヴェートの問いかけに、リタは強く頷いた。 「うん! お金なんかより、大事なものがあるもん‼︎」  先ほどまで報酬の話をしていた魔法使いたちに、グサッと突き刺さる言葉だった。そうだよ、お金より大事なものがあるんだよ! この世には‼︎  リタの頭に手を置いたリーザヴェートは、再び優しく微笑んだ。立ち上がると、リタを見て小さく頷いた。 「クライヴ、バネッサ、アンネ、ソーマ。この子の捜し物を見つけてやりな」  リーザヴェートのひと言で、リタの顔が弾けるような笑顔になった。まだ見つかった訳ではない。それでも、リタにとっては希望の光が射したのと同じだ。 「ありがとう、綺麗なお姉ちゃん!」  綺麗なってつけるのが、なんかあざといねとか思ったそこの貴方。心に少し澱みがあります。洗浄して清らかにしましょ。 「わっかりましたぁ! 必ず、必ず見つけてみせまっす‼︎ 見ていてください‼︎」  ソーマはなんかもう燃えちゃって、家の中まで燃やす勢いだ。アンネも最初に対応したのが自分な手前、意気込んでるし。クライヴはまあ、真面目だから。バネッサは、ああ、なんか気だるそうね。でもバネッサも可愛いもの好きだから、きっとやってくれますとも。  リーザヴェートとリタが話しをしている間に、ソーマたちは身支度を整えた。何しろ魔法使いだから。いろいろ持っていくものも多いのだ。 「それでは行って参ります」  こんな時でも真面目さが炸裂するクライヴが出入口で挨拶をして、でこぼこ五人パーティーは出発した。 「店長、良かったんスか? 報酬541クロースですけど」  ソーマたちが出て行った後、ネロがリーザヴェートに言った。まあ誰でも言いたくなることだろう。  リーザヴェートは自分のデスクのチェアーに腰掛けると、ネロを見てふっと笑った。 「筋肉同様、あんたも固いねえ。あの子が言ってただろ? お金より大事なものがあるってさ」  なんか皮肉混じりの図星を突かれ、ネロもさすがに何も言い返せなかった。 「ま、子どもやしな。あの子がこの話を親なりにしてくれたら、評判も上がるんちゃうか。ないとは思うが」  ベガは自分専用のソファーでくつろぎモードに入ったようだ。 「無事に見つけられればよいですが。陽が長い時季とはいえ、夜になればさすがに危険です」  不安を口にしたミゲールだが、リーザヴェートはそこまで深くは考えていないのか、デスクの背もたれに寄りかかった。 「なに、大丈夫さ。夕暮れ前には帰ってくるだろ。」 「ホンマか?」 「……多分、ね」  黒猫魔法ギルド ポンボン支店。昼下がり。  小さなお客様の小さな願い。出された報酬は小さな額だが、大きな器の店主に願いが届く。  ピューチェ鳥が勇んで出かける五人を見守る。いつものように鳴きながら。  魔法はなんでもできる力?  果たして少女の願いを、魔法使いたちは叶えることができるのか。  
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