探しものは宝物

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 うららかな陽気。キラキラと陽の光を照り返す川に架かる橋。その橋を渡る五人がいた。 「ここがネックレスをなくしてしまった川ね?」 「うん。あの川辺で遊んでいたの。それでね、少しだけ川の中を泳いだんだ」  先頭を行くのは依頼主のリタとアンネ。身長も似た通ったかな二人。まるで友だちのようにも見える。 「この川って、魔物も出るんじゃん?」  広い川を見渡しながらバネッサが言う。ドルード魔法に長けるバネッサは、やはり生き物の動きにも敏感らしい。 「そうだね。けれど魔物の生息している流域は、ずっと上流だって聞いたことがある。だからこの辺りは比較的安全なんじゃないかな」  クライヴは先頭を行くリタとアンネを見守りながら進んでいる。引率の先生か。君は。 「バネッサさん、何か感じるんですか?」  一行の最後尾を歩くのはソーマ。背後を守る存在としては少々頼りないが、引率の先生が前にいるので、必然的に残った男手のソーマが最後尾につくことに。 「感じるっちゃ感じるけど、上流に魔物がいるなら、その気配が流れてるのかなぁ」 「なるほど〜」  なんだか無警戒?  一応町の外である。なんかうららかな陽気のピクニックみたいな空気を醸し出しているのは気のせいだろうか。気のせいだと思いたい。いや、気のせいじゃない!  果たして無事に宝探し、じゃなかったネックレス探しは終わるのだろうか。 「ここ」  リタがミーナと遊んでいた場所まで辿り着く。しかしまああれだ、こんな小さな子どもが二人で川まで遊びにこれる。平和なのだよ、ポンボルーナルーンは。  小さな農村ともなると、魔物の生息圏に近い場合がある。その場合は魔物の脅威に晒されるので、村人は若い者たちから成る自警団を組織する。  ポンボルーナルーンにも自警団はあるが、ほどよく発展した町は、魔物の生息圏とは離れているために、魔物の脅威はほとんどない。平和なのだよ。ポンボルーナルーン。  ザザァッ。  川の水底で、なにかがキラリと光ったかと思うと、水中から大きな水柱が噴き上がる。単なる自然現象ではない。水柱から姿を現したのは、巨大な二足歩行の爬虫類の魔物・リザードマンだった。左手にハンドアックス。右手には盾を装備している。  それ見ろ! だから言ったじゃん! 無警戒過ぎだから! 平和なんだよ! ポンボルーナルーン支店‼︎ 「うわっきゃあっ‼︎」  特徴的な悲鳴をあげたバネッサが、驚いた拍子に携帯していた。水晶玉を落としてしまう。  ガッツン。  硬いものと硬いものが接触した鈍い音。バネッサの水晶玉は、川辺に落ちているわりと大きめの石に当たった。 「あっ」  ソーマ、アンネ、クライヴが同時に声をあげる。みんなバネッサが何よりも水晶玉を大事にしているのを知っている。  …時が一瞬、静止した。 「うわっきゃあーっ! ヒビ! ヒビが入ってるぅーっ! この水晶玉高かったのにーっ‼︎」  川辺にバネッサのキーキーやかましい声が響いた。リザードマンが呆気にとられてるし。 「このぉっ! クソボケウロコ野郎‼︎ テメエ、◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯(自主規制)‼︎‼︎」 優秀な引率のクライヴ先生が、リタちゃんの耳をちゃんと塞ぎました。  バネッサパーンチ‼︎ …衝撃の瞬間である。 ウロコで覆われたリザードマンに、パンチング見舞ったバネッサ。その結末は…。 「いったぁーいっ‼︎」  って、そうなるよね。馬鹿だね。まあ、一発ぶん殴ってやらんと気が済まなかったのでしょう。  鍛えていない魔法使いの素手では、リザードマンのウロコは硬すぎる。当然のごとくバネッサの手は出血していた。 「いったぁ、いったぁい。アンネ、アンネ、お願い、至急、白快治癒(ヒーリング)! 白快治癒(ヒーリング)かけて‼」 「は、はわわっ! バネッサさんが傷を負ってしまうなんて、あ、あ、思ったより酷い出血です…!」  リザードマンの肉体を覆うウロコは硬いだけではなく、鋭利であったのか。バネッサが手に負った傷は想像よりも深いようだ。しかし血が苦手なのか、アンネはあわあわとしている。 「白き癒しの光よ。露と落ちて彼の者の傷を癒し給え」  アンネが魔法の杖(マジック・バトン)を両手で握りしめ、祈り込めた呪文を詠唱する。  法力治療や補助の魔法は、神聖魔法を習得すれば行使できるようになる。その中でも白快治癒(ヒーリング)は初級魔法といってよい。便利な回復の魔法だが、使い方を誤ると逆に人体に悪影響を及ぼすこともある。 「っきゃあーっ! 熱い、熱い! アンネェー、加減間違えてるよぉぉっ」 「はわわわっ、バ、バネッサさん! すすすすみませんっ」  半泣き状態になりながら、バネッサが窮状を訴える。血を見たことで動転したのか、苦手な魔法制御がさらに狂ったようだ。  説明しよう。  人体には自己治癒能力が備わっている。例えば皮がむけた場合やわずかな傷など、放っておけば元に戻る程度の傷を再生する能力である。神聖魔法の法力治療とは、そうした人体に備わっている力を活性化させることで、瞬時に外傷を治癒する魔法なのだ。大きな怪我も、法力によって力を注ぎ込み、再生力を最大限まで向上させることで治癒するのである。  しかしここに落とし穴がある。  法力治療は外傷は治癒できても、体力は回復させられない。衰弱が酷い場合や体力が低下している場合、または幼児や老人、妊婦など、もともとの体力や抵抗力が弱い人は、法力が逆効果になる。  神聖魔法によって人体によって法力を注ぎ込む。法力は人体の自己治癒能力を活性化させる。それが負荷となってしまうのだ。  この世界に医者と僧侶が同時に存在している理由はここにある。法力治療はあくまで外傷を治癒するのみ。まあ体力や活力を漲らせる神聖魔法もあるが、それはまた次の機会に。しっかりとした処置ができる医者が、最適な治療を施さなければ、救える命も救えなくなってしまうのだ。  そして今回のアンネとバネッサのケース。  自己治癒能力を活性化させる法力だが、過剰な法力の供給は対象の人体に相当な負荷をかける。場合によっては細胞の破損なども招きかねない。今回はアンネが法力供給を制御できずに、バネッサが火傷のような症状を発症した。正直これだけの症状で済んでよかった方だ。 「ウゴォオオオオオッ‼」  ポンボン支店の魔法使いたちがぽんこつっぷりを発揮している間に、我に返ったリザードマンは、ハンドアックスを振りかざして襲い掛かってきた。 「きゃああっ!」  やっぱりというか、なんというか、リザードマンが最初に襲ったのはリタだった。闘争本能を持つ者の定石か。最も始末しやすい者から片づけるのだろう。 「あぶなーい!」  コビット族は俊敏さがウリである。ソーマは地面を蹴って駆け出すと、リザードマンの一撃が炸裂する前に、リタを抱きかかえて転がるように救出した。  クライヴが愛用のアダマント製のブロードソード、プレシューズを抜いた。両手で構えると、リザードマンに向かって斬りかかった。頭上に振りかぶったプレシューズを振り下ろす。  リザードマンは盾でクライヴの剣撃を防ぐ。リザードマンの盾は安物の粗悪品なのか、大きくヒビが入る。剣撃を受け止めたリザードマンは、そのまま腕力でクライヴを押し返すと、ハンドアックスで斬撃を見舞う。 「くっ…」  紙一重でクライヴがリザードマンのハンドアックスを回避する。クライヴは剣術にも精通しているし、実戦の経験もある。しかしその太刀筋は斬り合うというよりも、むしろ鋭い斬撃で一撃必殺を狙うものだ。まとな立ち合いでははっきり言って勝負にならない。なにより彼の本領は魔法にある。 「荒ぶる地の力。目覚め飛べ。我が敵を討たん」  クライヴがリザードマンを引きつけている間に、ソーマが呪文を詠唱していた。  大地がかすかに揺れる。川辺にあった砂利が徐々に石となっていく。石の礫が舞い上がり、ソーマの周辺に集まる。 「跳石礫弾(シュタング・シュラック)」  直線状に石のマジックミサイルが放出される。雨あられのごとく、石の飛礫がリザードマンに浴びせられる。さすがにリザードマンも怯んでいる。しかし硬いウロコはなかなか硬い。リザードマンに致命傷を与えるには至らず、足止め程度にしかならない威力だ。  目を閉じたクライヴが、プレシューズを横に構える。静かに口から呪文をつむぎだす。風がざわざわと騒ぎ出す。風の魔法を得意とするソーマは、クライヴが何の魔法を使うのか理解したようだ。 「風よ。烈しき刃となれ」  プレシューズを下に構え、クライヴがリザードマンに向かって駆け出す。間合いに入ったクライヴは、下から上へ、一気にプレシューズで斬り払った。 「烈空刃(レイザー・シュート)!!」  無数の真空の刃と斬撃が、リザードマンを襲う。さしもの硬いウロコも剝がれ落ち、皮膚が斬り裂かれて血が噴き出す。それでも真空の刃はリザードマンを斬り刻み、やがてリザードマンはうめき声を上げて地面に倒れた。 「やったぁっ!」  ソーマが歓声をあげる。リタは初めて見る魔法の威力に腰を抜かしていた。アンネとバネッサは…。今、法力治療中。 「ふう。リタちゃん。大丈夫だった?」 「は、はひ…」  プレシューズを鞘に納めたクライヴが、リタに手を差し出す。しかしリタは呆然として動けないようだ。クライヴはリタの身体を支えながら、優しく引き起こした。  黒猫魔法ギルドポンボン支店でも唯一まともな魔法使いであるクライヴの活躍で、リザードマンを退けた。そんな高身長・高学歴・高収入(?)なハイスペックマンのクライヴに弱点なんて…。いや、今はよそう。 「じゃあ、気を取り直して…」  ソーマが言いかけた時、クライヴの背後で何かが蠢く。そう、倒したはずのリザードマンだった。 「ちょ、ちょっとクライヴ、うし、後ろ…!」  バネッサが言い終わる前に、クライヴは気配を察知していたようだ。リザードマンと相対する。リザードマンの傷が深く、完調時のようには動けないと判断したクライヴは、そのまま呪文を詠唱しはじめた。間に合うのか。 「目覚めよ、白き女王。我が声に応えよ。大気に舞う光よ。我がもとへ集え。我、汝らの力をもって、凍てつく風を纏い、すべてを凍嵐の中に閉ざさん」  辺りの空気が急に冷え始め、やがて空気が空間がキラキラと光を反射している。光を照り返すもの。それは無数の氷だった。氷は次第に鋭い刃ともなり辺りを急速に冷凍したかと思うと、リザードマンの周囲を覆う様に一気に集中した。 「安からなる死を。氷晶光刃塵(クリスタルアイスダスト)!!」  氷の刃は皮膚を裂き、傷口は凍傷によって修復不能になる。一帯の空間を覆う冷気が集中し、リザードマンの身体は血と氷の塊となり、倒れることなくまるではく製のようにその場に凍りついた。クライヴの奥義のひとつだった。 「こんなところかな」  涼しい顔をしてクライヴが言う。イケメン。まさにイケメン。こんな彼に弱点なんて…。いや、よそう今は。 「じゃあ、気をとりなおして、リタちゃんのネックレス捜索だ!」 「はい!!」  ソーマ、アンネ、リタが気合いを入れる。しかしバネッサはお気に入りの水晶玉にヒビが入ったことで、テンションガタ落ち。慰めるクライヴの言葉も耳に入らないようだ。  今日はやります。黒猫魔法ギルドポンボン支店。  小さな少女の小さな願いを叶えるために。小さな二人の大きな友情のために。  やってやります、やらかします。さてさて、魔法はなんでもできる力なんでしょうか?      
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