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「この辺りでミーナちゃんと遊んでいた。そして、ここから川に入ったんだね?」
「うん」
引率のクライヴ先生による実況見分のはじまりはじまり~。
なんておちゃらけてもいられないみんな真剣な表情である。それもそのはず。眼前に見えるエルメス川はなかなかの川幅と水深があった。
「まだこの川にあるのか。それを探ってみよう。バネッサさん。ドルード魔法でリタちゃんの思念を読み取って、それを元にネックレスの行方を探ってもらえないかな?」
何故か、すぐに返事が返ってこない。
「バネッサさん!」
「…うん。わかった」
もはやテンションガタ落ち、いやすでに停止状態である。お気に入りの水晶玉の破損はバネッサさんの心をも打ち砕いたようだ。それでもここはドルード魔法に長けるバネッサに頼るしかない。
「リタちゃん。頭にネックレスを思い描いてもらっていいかな。色とか形とか」
「うん、わかった!」
リタが眼を閉じてネックレスの形状を頭に浮かべる。バネッサはヒビの入った水晶玉を掲げて、リタの思念を読み取ろうとするのだが…。
「……あーっ! ダメ、ダメダメダメダメ! やっぱり壊れてる! この水晶玉使えなくなっちゃったぁ~」
まるで子供のように、泣きながらバネッサはその場でうずくまった。自分よりも大人の女性のガチ泣きに、リタもドン引きである。
「…他にも水晶玉あるでしょ?」
「ダメ! 私はこれじゃないとダメなの!!」
なんかもう聞かない駄々っ子みたいだ。ソーマとアンネは心配そうに見つめているが、クライヴは完全に呆れ顔である。
「仕方がない。僕がやろう」
クライヴは肩から下げているカバンから水晶玉を取り出すと、リタの思念を読み取るために意識を集中した。
「……ソーマくん、アンネちゃん」
「…は、はい」
「な、なんですか?」
ソーマとアンネの顔に冷や汗が出る。完全に何か嫌な予感がしている証拠である。
「ごめん。魔法元が切れた…」
ソーマとアンネが両手を頬に当てて悲鳴をあげる。
またまた説明しよう。
魔法を使うにはマナと元素が重要だと説明した。そして術者は呪文でマナと元素によびかけて、魔力回路から輝石を介して魔力を放出する。
ここまではいいだろうか。周辺のマナや元素が枯渇すれば魔法は使えないが、よっぽど大軍の魔法兵でもない限り、簡単にマナは枯渇しない。秒速単位でマナも回復するからである。
しかし魔法が使えなくなるもうひとつの要因がある。魔力というのは、その術者の持つ魔法を扱う力の絶対値を差す。魔力が大きければ大きいほど扱える魔法も多くなり、魔法自体の威力も変わる。つまり、リーザヴェートとソーマが同じ魔法を行使した場合、魔力の絶対値が高いリーザヴェートの放つ魔法が、魔法威力は高くなるという訳だ。
そしてこの魔力とは別に魔法元というものがある。これは魔法を行使する元となるもの。まあ、分かり易く言うと、MPである!
つまり魔法元が切れると、魔法も行使できないし、もちろん、ドルード魔法も使えなーい!!
「ごめん、本当にごめん。自分が嫌になる」
打ちひしがれたクライヴが、地面に膝をついてうなだれる。
魔法元ディストニア。クライヴが抱える魔力疾患である。魔法を行使する際に、必要よりも過剰に魔法元を放出してしまうことを指す。しかも威力は変わらない。例えるならホースで水を撒いている時に、ホースのところどころに穴が空いていて、そこから水が漏れだしている状態のようなもの。使用目的とは関係のない部分で魔法元が漏洩し、結果魔法元が枯渇する。さきほど派手に自分の奥義ともいえる魔法使っちゃうからね。イケメンハイスペックマンのクライヴだが、とんだ弱点を抱えているのだ。
「とはいえ私、集中制御苦手ですし…」
「じゃあ仕方がない! ここはひとつ、僕がやってみる!」
ソーマがカバンから水晶玉を取り出す。あまり使ったことがないのだろうということは、なんとなくわかる。
ソーマが意識を集中する。リタが頭にネックレスを思い浮かべる。ソーマが眉を動かす。意識の海から、ネックレスの情報を読み取る。水晶玉にネックレスが映し出された。
「あっ」
アンネが声をあげる。
全員が水晶玉を覗き込むが…。
「ボヤけて、ますね」
「リタちゃん、どう?」
「わかりづら〜い」
「これじゃ私たちもわかんないよ」
「…すみません。これが僕の限界でっす」
川辺にて、途方に暮れる五人。早くもネックレス探しが暗礁に乗り上げている。
「え〜、魔法ですぐに見つかると思ったのに〜」
少女の悲痛な叫び。幼気な少女に責められる魔法使い五人。ぽんこつっぷり、ここに極まれり。ごめんね、リタちゃん。というか、店主来いや。
リザードマンさえ出現しなければこんな事態にはならなかったのだが、魔物一匹でここまで弱体化してしまうパーティーもなかなかない。というか、ない。これが閑古鳥の鳴く黒猫魔法ギルドポンボン支店の実態。お分かりいただけただろうか。
「ほー、ほー。ここはかわらんの。いつきても良い景色じゃ」
突然響いた声。一行が声のした方を見ると、そこにいたのはあのヨハネ爺さんだった。
ソーマとクライヴが顔を見合わせる。
「なんでここに?」
「お散歩、ですかね?」
ヨハネ爺さんはふるふると震えながら、川を眺めている。
「あーっ‼︎」
ソーマが突然声をあげた。
「どしたの、ソーマ?」バネッサが目を丸くする。
「クライヴさん! 朝、ヨハネお爺さんが言ってましたよね! このエルメス川には、流れたものが集まる不思議な溜まりがあるって‼︎」
「えっ⁉︎ あ、う、うん? うん! そ、そうだっけ⁉︎」
「クライヴ、あんた絶対聴いてるフリしてたでしょ」
というか、ちゃんと聞いてたソーマが凄すぎる。
「おじーさーん‼︎」
ソーマがヨハネ爺さんに駆け寄る。
「おぉ、おぉ。トーマスか。こんなところでどうしたね? もう飯の時間かね」
「違いますよ。黒猫魔法ギルドのソーマです。お爺さんに聞きたいことあったんです!」
「おぉ、おぉ。そうか。今日の晩飯はウサギ肉のシチューか。こりゃぁ、楽しみだのう」
「いやいやいや、だから黒猫魔法ギルドのソーマです。エルメス川の水底の溜まりについて詳しく聞きたいんです」
「川には、魔物がいるんじゃ。時おりリザードマンが出るんじゃよ」
「はい。出ました。それで水底について…」
ふいにヨハネ爺さんが川の中州の近くを指差した。
「あそこじゃ。中州から北西に2トール。そこで水流がわずかに強くなる。そこの水底に溜まりがある。水中にリザードマンやシールガンスが潜んでいる可能性がある。気をつけるのだぞ」
「えっ⁉︎ は、はい…っ!」
「…ほぉ、ほぉ。トーマスや。ところで、ばあさんはどこに行ったかのぉ」
「………」
ソーマはそそくさとヨハネ爺さんのもとを後にした。
「通訳いなくて大丈夫だった?」 バネッサが地味に酷いことを言う。
「はい。僕に任せてください!」
上半身裸になったソーマは、躊躇いもせずに川の中へ飛び込んだ。
「大丈夫でしょうか。ソーマさん」
「コビット族は泳ぎが得意だから、大丈夫だとおもうけどねー」
「なにかあったらすぐに助けにいけるようにしないといけないな」
「リタ、ちょっとお水飲む」
リタが肩から下げるカバンから水筒を取り出す。木製の上品な作りだ。
「…あれ?」
「どうしたの?」
リタの声にバネッサが反応する。何やらリタが困惑した表情だ。様子がおかしいと察したクライヴやアンネも集まる。
リタのカバンの底から出てきたのは、探していたミーナのネックレスだった…。
リタは何かを思い出したようだ。
「そういえば、なくすといけないから、川に入る前にカバンにしまったんだ…」
なんというか、コテコテのオチである。おそらく先ほどリザードマンに強襲された際、リタがしりもちをついた。その拍子でカバンの底のどこかに挟まっていたネックレスが出てきたのだろう。
陽が暮れてきた。仄暗い水の底で、ソーマはたったひとりリタのために奮闘する。
どれくらいの時が経過したのだろう。ザバァッと水しぶき。ソーマが水面から顔を出した。
「リタちゃん! ごめん、それらしきものなかったよー! でも、でもね。大切なのはものよりも、気持ちなんだ! ミーナちゃんだって、きっとわかってくれてる。だから、だからもう一度ミーナちゃんのところに行こう! 僕も一緒に行くよ‼︎」
「ソーマ」
バネッサが言う。ソーマが首を傾げた。
「ネックレスなんだけど、リタちゃんのカバンの底にあったんだー。川に入る前になくさないようにカバンに入れたの忘れてたんだってー」
「……」
ザッバァン‼︎という音を立てて、ソーマが水底へ沈んでいく。まあ、そうなるわな。
「キャー、ソーマさーん! 大丈夫ですかー⁈」
「ソーマくん、気を確かに!」
「おにーちゃーん、ごめんなさーい!」
「…ソーマ、哀れ」
ピューチェ鳥が巣に帰る。今日も一日が終わるポンボルーナルーン。
哀れソーマは水の底。気持ち身体がどんどん沈む。どんどんどんどん水の底。
ピューチェ鳥が鳴いてるよ。お家に帰ろうよ。夕飯食べよ。
黒猫魔法ギルドポンボン支店。本日の営業はお時間のために終了です。
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