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彼女はタコ焼をハムハムと食べながら、俺の隣を歩いていた。彼女の腹の中にはすでに、焼きそば、串焼き、お好み焼き等々が収まっていたが、キョロキョロと出店を物色しているところを見ると、まだ満足していないようであった。
俺は財布の中身を確認し、小さな溜め息をついた。
「そろそろ遠慮しないか?」
「えー?私まだクレープ食べてないもん。ねえ、クレープ買って」
「タコ焼き食べてるだろ。それ食べてからにしろよ」
「うん、わかった!」
彼女はそう答えると、急いでタコ焼きに楊枝を刺した。
しかし、それを口に運ぶ途中で、彼女の手がピタリと止まった。
「……私、何やってんの?」
「ん?」
「何やってるの!?私!?」
彼女は頬を強張らせ、その手からタコ焼きをポトリと落とした。
「いつから!?いつから私、あんたと縁日を堪能してたの!?」
「覚えてないのか?『さあ、行くわよ!』のすぐ後からだ。走りだした途端、いきなり出店の行列に並んで、満面の笑みで俺を手招きしたんだ」
「な、何てこと……」
彼女は顔を青ざめさせ、「私の馬鹿ぁああ!」と、いきなり自分の頬をパーンと打った。
「お、おい、大丈夫か?」
「私、縁結びの力に負けてしまったんだわ!貴重な時間なのに、あんたとデートなんかしちゃった!」
「デート?デートか?ただ食べてただけじゃないか」
「うるさいわね!それをデートって言うのよ!大体、あんたもあんたよ!なんで注意してくれなかったの!?人探しなのに、屋台に並んでたら普通おかしいと思うでしょ!」
「そういう子かと思ったんだ」
「そんな子いないわよ!!とにかく、私の行動がおかしくなったら、どんな手段を使ってでもいいから正気に戻して!じゃあ、改めて探しに行くわよ!」
彼女はキッと前を向き、足早に歩き始めた。
ドン!
隣を歩いていた彼女が俺にぶつかってきたのは、神社へ続く長い石段を目前にした時であった。
「あっ、ごめん」
「どうした?」
「裾を避けたから……」
彼女の足元を見ると、彼女の前方には裾が広がっていた。その裾の持ち主はちらりと彼女の方を見ると、チッと舌打ちをして歩いて行ってしまった。
「今の見た?なによあいつ?」
「ああ、奴は美奈に裾を踏ませようとしたんだな。女の子の前でわざと止まるのは、ここにいる男達のよく使う手段だ。それで女の子が踏んだら、それを切っ掛けにしてナンパするんだ」
「まったく、男って何考えているのかしら」
彼女は呆れたように言った。
「そんなことに労力を使わないで、その分、自分を磨けばいいのに。そうすれば、ナンパなんてしなくて済むのに」
「まあ、美奈も男になれば分かるさ」
「そんなものかしらね……ん?」
そこで彼女はいぶかしげに眉根を寄せた。
「ちょっと……なんで私の名前知ってるのよ?」
「ついさっき教えてくれたじゃないか」
「私が!?」
「ああ、『私は有賀美奈、美奈って呼んでね』ってな。覚えてないってことは、また御利益の影響が出たのか?じゃあ、携帯番号を交換したことも覚えてない?」
「う、嘘でしょ!?」
彼女は慌てて携帯を取り出し、液晶画面をチェックした。
「い、嫌ぁああ!グループに『彼氏』が追加されてる!?『望月拓郎』って、一体誰よ!?」
「俺の名前だ」
「だったら消去しなきゃ!」
彼女は操作を始めたが、すぐに携帯を持つ手がプルプルと震えだし、その顔が苦悶に歪んだ。
「どうした?」
「消去ボタンが押せないのよ!どんなに力を込めても、指が動かないのよ!」
「なるほど、身体が拒否してるんだな」
「ま、まずいわ!縁結びの力が強まってる!もう一刻の猶予もないわ。早く小池君の裾を踏まなくちゃ!」
彼女は踵を返し、ダッと走りだした。俺は彼女の後に続きながら、小池が見つからないように祈った。
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