第4話 赤いドレス

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「もちろん、鬼と戦ってくれる仲間よ。貴方は私たち裾踏姫の役割、使命を知っている?」 「『裾踏留めの呪術』で人間をその場に呪縛して、神隠しから人間を守ることだ」 「その通りよ。神から人間を守るのが、裾踏姫にとって最も重要な役目。だから、鬼や冥府の武器に関わる事はタブーとされている。私達と一緒に鬼と戦ってくれる裾踏姫は少ないのよ」 「つまり、俺達に一緒に戦う仲間になれって言いたいのか?」 「そうよ」 「なぜ、鬼と戦う?掴神の相手だけしていれば危険も無いし、楽だろうに」 「今、神隠しに遭う人間より、鬼に食われる人間の方が多いの。開かずの間は年々増えている。このままでは取り返しのつかない事になるわ。一匹ずつでも鬼を倒していかないと。鬼を殺せるのは冥府の武器と裾踏姫だけなんだから」 「なあ、鬼って何なんだよ?何で開かずの間から出てくるんだ?」 「それは誰にも分からない。古来より鬼は開かずの間から出てきて、人を食らう。だけど、近年、開かずの間が異常に増えているの。だから、私達と一緒に戦って。お願い」 真紀はそう言うと、俺達に向かって頭を下げた。 「二つ目の質問が先だ。お前、海沿いの旅館に冥府刀を置いていかなかったか?そして、宿の主に他の姫の居場所を教えていっただろ?」 俺が問うと、真紀は顔を上げ、片目をつむってみせた。 「ご明察」 「やっぱりそうか。娘を思う石井の気持ちを利用して、裾踏姫が同情から鬼と戦ってくれる事を期待したな?」 「卑怯だと思う?でも、私も切羽詰まってるのよ。石井さんに訪ねさせた姫達は、裾踏姫の中では比較的柔軟な思考をする姫なんだけど、結局全て断られてしまったわ。石井さんに泣き付かせれば何とか引き込めると思ったんだけどね。でも、石井さんは立派に私の期待に応えてくれたわ。あなた達を旅館に連れてきてくれた」 「お前ら、あの旅館にいたのか?」 「ええ、戦いも見させてもらったわ」 「そうか。最後の三つ目の質問だ。今日のこの騒動、俺達を引き込むために何か細工し、わざと引き起こしたのか?偶然過ぎるだろ」 「そ、それは違うわよ」 真紀は慌てて弁解した。 「私達は開かずの間があると聞いて、この式場に潜入したの。そしたら、偶然あなた達が来たのよ。冥府刀だって予備として持ってただけよ。誤解しないで。まあ、状況を利用したのは確かだけどね」 「ふん、一応信用してやる」 「ありがと」 真紀はニッコリと笑い、それから夏奈子へ視線を移した。 「ねえ、答えは後で構わないから、私達と一緒に戦うことを考えておいて」 「あまり……期待しないでください」 夏奈子は悲しげに傷だらけの俺を眺め、そう 答えた。 「まあ、それでもいいわよ。考えてくれるだけでも、他の姫よりだいぶマシだから」 真紀は意外にあっさり引き下がると、再び俺の顔を見た。 「他に質問は?」 「いや、もういい。これ以上聞くと、深入りしちまいそうだ。夏奈子は何かあるか?」 俺が問うと、夏奈子はコクリと頷いた。 「あります。襟掴神にさらわれた人間を神界から連れ戻すことは可能ですか?」 俺はハッとして夏奈子を見た。それから、真紀へと視線を移した。真紀ならば襟掴神に詳しいはずである。もしかしたら、総一郎を連れ戻す方法を知っているかもしれない。 だが、真紀は表情を曇らせ、気遣うように夏奈子を見た。 「誰かさらわれたの?大切な人?」 「はい」 真紀は黙り込み、それから「正直に言うけど」と、切り出した。 「神界から人間を連れ戻すことはできないわ」 「え?」 夏奈子は呆然と聞き返した。 「残念だけど、連れ戻すのは不可能よ」 「そ、そんな!では、神界に行くことはできませんか!?」 「神界に行くには、襟掴神か袖掴神にさらわれるしかない。でも、掴神は決まった人間しか連れて行かないわ」 「で、では、総一郎に会うことはもう叶わないのですか!?」 「残念だけど」 真紀は気の毒そうに言った。 「そんな……うそです……そんなのうそです!」 夏奈子は悲痛な叫び声を上げ、両手に顔を埋めた。 夏奈子の嗚咽を聞きながら、気まずい思いで俺がうつむいていると、真紀が「ねえ……」と話しかけてきた。 「私達、もう行くわ。彼女のことお願いね」 「お、おい、そんな無責任な、泣かせたのはお前だろ」 俺が狼狽しながら言うと、真紀は俺の肩にポンッと手を置いた。 「女の子の悲しみを癒すのは身近にいる男の役目よ。あなたは彼女の事情を知ってるんでしょ?」 「それは……知ってるが……」 「じゃあ、お願い。それと、あの冥府刀は置いていくから自由に使って」 真紀はそう言うと、屋上の出口に向かって踵を返した。短髪の男も真紀に従うが、途中で足を止め、こちらを振り返った。 「裾踏姫は俺達にとっちゃ命綱だ。せいぜい優しくしとくんだな。それから、次に会うときはもっとマシな戦いを見せろ。じゃあな」 そして、男と真紀は屋上の出口へと消えていった。 (俺しか……いないか……) 俺は大きく息を吸い、意を決して後ろを振り返った。 「夏奈子!諦めるな!」 俺の大声に、すすり泣いていた夏奈子が顔を上げた。 この俺に気の利いた慰めなどできるわけがない。ここは、勢いで元気づけるしかなかった。 「俺は諦めない。必ず総一郎と夏奈子をあわせてやる。真紀はああ言ったが、真紀がその方法を知らないだけかもしれない。俺が必ずその方法を見つけてやる。だから泣くな」 「……望月……さん……」 「そうだ、顔を上げるんだ。いいか?俺達は着実に総一郎に近づいているんだぞ?襟掴神のこと、神界のこと、知らなかったことを俺達は知ることが出来た。だいぶ前進したんだ。このままいけば、すぐに連れ戻す方法だって見つかるさ。泣くだけ損だぞ」 俺の勢い戦法が功を奏したのか、夏奈子の涙は依然その瞳を濡らしていたが、頬を落ちる程ではなくなっていた。 「……なぜ……私のために……」 「なぜ?」 「はい……なぜ……ですか?」 「約束だからな」 「……約束?」 夏奈子は濡れた瞳をまばたかせた。 「忘れたのか?総一郎の部屋で言ったじゃないか。二人で総一郎を奪い返すってさ。夏奈子が諦めない限り、俺も諦めないからさ。それとも、夏奈子は諦めるのか?」 夏奈子はブンブンと首を横に振った。 その様子がどこか幼く見え、俺は小さく笑った。 「よし。じゃあ、改めて俺と約束だ。二人で総一郎を取り戻す。それまでは決して泣かない。もし、俺が約束を破るようだったら、その裾から退いて、俺を地獄へ落としてもらっても構わない。だから、夏奈子も泣かない。これでどうだ?」 夏奈子は慌てて手の甲で顔をこすり、眼を真っ赤に充血させながら頷いた。 「約束……します……もう……泣きません」 「よし」 「はい」 だが、そう答えた直後、夏奈子の顔がくしゃくしゃにゆがみ、その目から大粒の涙が溢れだした。 そして、今度は自分の両手ではなく、俺の背中に顔を埋めた。 「望月さん……ありがとう」 俺は、夏奈子の熱い涙と吐息を背に感じつつ、総一郎の奪還を胸の中で強く誓った。
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