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俺は服を着ると、早速外に出て、『女』の札が掛かったドアをノックした。
「どーぞー」
中から返事があり、俺はさっと髪型を整えると、ドアを開けた。
中には美奈を含め4人の女の子がいた。
「どうだ、俺の第一印象は?」
俺が問うと、女の子達は複雑な表情で顔を見合せた。
「なんだ、どうした?遠慮なく言っていいんだぞ?」
「あの……本当に言ってもいいんですか?」
一人の女の子がおずおずと言った。
「ああ、かまわない」
俺がそう答えると、女の子は順番に口を開いた。
「目がスケベそうです」
「瞳がスケベっぽいです」
「まつ毛がスケベです」
俺は沈黙し、ゆっくりと彼女達に背を向けた。
「泣くぐらいなら聞かなきゃいいのに」
美奈の言葉に、俺は涙を拭き、振り返った。
「俺の事などどうでもいい。さあ、ちゃっちゃっと効能を破壊しちまおう」
「でも、効能なんてどうすれば無くす事ができるの?」
「幸い、この湯の成分分析はされていない。この『天女の湯』の効能であるツルツル美白効果は、昔からの言い伝えが基になっている」
「言い伝え?」
「ああ」
俺は露天の湯を指差した。
「そうだ。いいか?よく聞け。昔、風呂好きの美しい天女がいた。その天女はここの湯が気に入っていて、たまに、この湯に入りに来ていたらしい。その時、村の男達はこぞって天女を見に来て、天女はその男達におしみなく玉のような肌を見せつけた。そして、いつしか、この湯に入ると天女のように美しくなると言われるようになったんだ。つまり、『美しい天女が入っていた湯』が時を経るにつれて『天女のように美しくなる湯』に変わったわけだ。湯の効能を破壊するには、言い伝えの根本を『天女なんて来ない湯』にしてしまえばいいんだ。そうすれば、指輪が増幅する効能はなくなり、美奈も元通りになるってわけだ。どうだ?いい考えだろ?」
俺が自分の考えに満足し、フフンと鼻を鳴らしながら美奈へ視線を戻すと、美奈は脱衣場の隅で、壁と向き合うようにして寝転がっていた。
「おい、俺が真面目に話しているんだ。お前もそんなところで寝てないで、真面目に聞けよ」
「誰が好き好んでこんな所で寝るもんですか!」
美奈は首だけをこちらに向けて叫んだ。
「ここまで滑ってきたの!もう、服の上からでも滑るのよ!指輪の力が強くなってるのよ!」
「相変わらずのパワーだな」
「それで、『天女が来ない湯』にするにはどうしたらいいの!?」
「それは、わからん」
「わからないですって!?」
「それはそうだ。天女になんて会ったことないからな。出来るとしたら、もう来ないでくださいと頼むしかない。まあ、この湯を気に入ってるようだから、承諾してくれるかどうかは分からないがな。そもそも、何時ここに来るのか分からない」
「そ、そんな」
美奈はもちろん、他の女の子も情けない顔で黙り込んだ。
沈黙が訪れた脱衣場、だが、その沈黙は「あっ!」という女の子の声によって破られた。
「湯、湯を見て!」
俺が露天に目を向けると、いつの間にか、湯には一人の女性が入っていた。女性の肌はどこまでも白く、玉とみまがうほどの輝きであった。
「て、天女よ!」
美奈が叫ぶように言うと、女性は妖艶な笑みをこちらへ向けた。そして、肌を見せつけるようにして、両腕を頭の後ろに組んだ。
「拓郎!今よ!もう、ここには来ないように交渉して!」
天女に見惚れていた俺は、美奈の声にハッと我にかえった。
「わかった。まかせろ」
俺は重要な使命をおびて露天へ出るが、湯の中で悩ましいポーズをとる天女に再び見惚れた。
天女は最初こそ俺に向かって肌を見せつけていたが、俺と目が合ったとたん「ヒッ」と小さな悲鳴を上げた。
一瞬、腕を下ろしそうになった天女だが、耐えるような表情で、腕を頭の後ろに維持した。
「美へのプライドと拓郎への嫌悪感が戦ってるんだわ!」
後ろから美奈の解説が入った。
「さすがの天女も、あんたのスケベな視線には耐えられないのよ!さあ、もっと天女を見て!もう二度と、ここへ来れなくなるような恐怖を植え付けて!」
「そんなわけないだろ。失礼な奴だな。きっと、別の何かがあるに決まってる」
俺は天女に向かって「なあ?」と同意を求めた。
「い……」
天女の震える唇から小さな声がもれた。
「い?」
「嫌ァーーーーー!!」
天女はいきなりそう叫ぶと、腕で身体を隠し、湯から空中へと飛び上がった。そして「ヒィィーー」という悲鳴を上げながら、天高く舞い上がって行き、やがて、その姿は小さくなり見えなくなった。
俺は天女の消え去った空をいつまでも見上げながら、その染みる様な空の青さに泣きそうになった。
こうして、その湯は天女の来ない湯となり、効能は消え、美奈の身体は元へと戻ったのである。
この話は俺にとって嫌な思い出の一つである。
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