第2話 神隠し

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次の日、俺は大学の学食で章介と待ち合わせをした。 「先輩、京子から話を聞いて驚きました。まさか、夏奈子が僕を利用しようとしていたなんて」 「ああ、その通りだ。章介、怒ってるか?」 「いえ。驚きましたが、怒ってはいません。むしろ、夏奈子に同情します。それほど好きだった総一郎君をさらわれてしまうなんて。可哀想ですよね」 「筋金入りのお人好しだな。そこを見込んで、章介に頼みがある」   俺は章介に昨日の話をし、囮になってくれる事を頼んだ。 「先輩、見直しました!」 話を聞き終えた章介は、目を輝かせて言った。 「いいですよ。もちろん協力します。でも、本当に安全なんですか?」 「任せとけ。誰も章介をさらえない。彼女がいれば安全だ」 「彼女?誰です?」 「俺の彼女だ」 「ええ!?先輩、彼女いたんですか!?」 「まあ、元カノだがな」 「それでも驚きですよ!いつ付き合ってたんですか?」 「ついこの前、四時間ぐらい」 「は?」 「まあ、詳しい話は帰って来てからだ。京子に気付かれない様に待っててくれ。気付かれたら、反対するに決まってるからな」 「先輩、どこへ行くんですか?」 「彼女を迎えに行ってくる。神隠しの起こる満月までもうすぐだからな。じゃあな」 俺は席を立ち、学食を出た。そして、腕時計を確認し、駅を目指して歩きだした。 俺は大きな門柱の脇に立ち、どこにでもあるような平凡な造りの校舎を眺めた。校門からは一階の教室がよく見え、まだ授業が行われているのが分かった。 他校といえども授業の風景は同じで、俺は懐かしさをもってそれを眺めた。そして、それに飽きると、今度は向かいの門柱へ視線を移した。 そこには顔色の悪い痩せ気味の中年男が立っており、先ほどから俺と同じ様に校舎の方を覗いていた。 中年男は俺がここに到着する前からすでにおり、ここの生徒の父兄か、父兄でなければ変態だろう。 男と目を合わさぬように俺が再び校舎へ視線を向けると、ちょうど終業のベルが鳴った。 しばらくすると、校舎から制服姿の生徒達がわらわらと出てきた。 校門を通り抜けて行く生徒達の中に美奈の姿を探していた俺は、別の見知った顔を見つけた。     向こうも俺に気付いたようで、友人との会話を止め、俺に駆け寄って来た。 「よお、小池」 「もぢづぎぃさんじゃないですか」 「ちょっと違うが、俺、名前教えたか?」 「いいえ、有賀から聞きました」 「美奈から?」 「ええ。部活の時に聞きました。祭の翌日、有賀をからかったんです。あの彼氏の名前を教えろって。有賀のやつ、恥ずかしいのか無駄な演技をしてキョトンとしていたんで、目撃したラブラブ現場を突き付けてやりましたよ」 小池は美奈の片想いの相手だ。 御利益の影響下にあった美奈は小池に会った時の状況を知らない。知ったのは今回が初めてだろう。 美奈の心中、察するに余りある。俺の名を口にするのはさぞ苦痛だったろう。 「もぎづぎぃさんは有賀に会いに来たんですよね?」 「すまん、もちづきだ」 「そうなんですか?有賀のやつまた嘘を」 「その美奈はもうすぐ出てくるか?」 「さっき昇降口で見かけましたから、すぐ来ますよ。あっ、ほら、出て来た」 俺は小池の視線の先に目を向けたが、美奈がどこにいるのか分からなかった。 「どこにいる?」 「いやだなあ。そんなこと言ってたら有賀に怒られますよ。ほら、あそこです」 小池の指差す先を改めて凝視した俺は、そこに美奈と思わしき少女を見つけた。少女は友人らに囲まれ、楽しげに笑っていた。 それが美奈であると確信が持てなかったのは、祭の時とは印象が全く違ったからだ。 あの時の美奈は髪を結い上げ、明るい色柄の浴衣を着ていた。しかし、こちらに向かって歩いて来る少女は、長い黒髪の先端が腰の辺りでサラサラと揺れ、今は落ち着いた色の制服を着ていた。 「なあ……小池。もしかして、美奈ってモテるか?」 「そりゃ、モテますよ。サッカー部の連中なんて、僕が祭で見た事を話したら、大騒ぎしてましたよ。ひどく落ち込んでた奴もいました」  「そうか……ん?」 美奈を眺めていた俺は、彼女の異変に気付いた。彼女の足はいつの間にか止まっており、その目は俺に向かって大きく見開かれていた。それから彼女の身体がブルブルと震えだし、その震えが大きくなるにつれ、次第に美奈の顔が伏せられていった。 そして、周囲の友人も美奈の異変に気付き、一人の女子が美奈の顔を覗き込んだ瞬間、美奈が爆発的な動きを見せた。 心配して覗き込んだ友人を跳ねとばし、さらに、俺と彼女の間にいる生徒をことごとく突飛ばしながら、一直線に俺へと突進して来た。 小池は冷や汗を浮かべながら「熱烈ですね」と言い、俺が「いつもなんだよ」と返した時、ついに美奈は俺に到達した。 美奈は無言のまま俺の腕を強く掴み、勢いもそのままに進む。俺は美奈に引きずられる様にして、その高校を後にした。
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