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次の日、俺は大学の学食で章介と待ち合わせをした。
「先輩、京子から話を聞いて驚きました。まさか、夏奈子が僕を利用しようとしていたなんて」
「ああ、その通りだ。章介、怒ってるか?」
「いえ。驚きましたが、怒ってはいません。むしろ、夏奈子に同情します。それほど好きだった総一郎君をさらわれてしまうなんて。可哀想ですよね」
「筋金入りのお人好しだな。そこを見込んで、章介に頼みがある」
俺は章介に昨日の話をし、囮になってくれる事を頼んだ。
「先輩、見直しました!」
話を聞き終えた章介は、目を輝かせて言った。
「いいですよ。もちろん協力します。でも、本当に安全なんですか?」
「任せとけ。誰も章介をさらえない。彼女がいれば安全だ」
「彼女?誰です?」
「俺の彼女だ」
「ええ!?先輩、彼女いたんですか!?」
「まあ、元カノだがな」
「それでも驚きですよ!いつ付き合ってたんですか?」
「ついこの前、四時間ぐらい」
「は?」
「まあ、詳しい話は帰って来てからだ。京子に気付かれない様に待っててくれ。気付かれたら、反対するに決まってるからな」
「先輩、どこへ行くんですか?」
「彼女を迎えに行ってくる。神隠しの起こる満月までもうすぐだからな。じゃあな」
俺は席を立ち、学食を出た。そして、腕時計を確認し、駅を目指して歩きだした。
俺は大きな門柱の脇に立ち、どこにでもあるような平凡な造りの校舎を眺めた。校門からは一階の教室がよく見え、まだ授業が行われているのが分かった。
他校といえども授業の風景は同じで、俺は懐かしさをもってそれを眺めた。そして、それに飽きると、今度は向かいの門柱へ視線を移した。
そこには顔色の悪い痩せ気味の中年男が立っており、先ほどから俺と同じ様に校舎の方を覗いていた。
中年男は俺がここに到着する前からすでにおり、ここの生徒の父兄か、父兄でなければ変態だろう。
男と目を合わさぬように俺が再び校舎へ視線を向けると、ちょうど終業のベルが鳴った。
しばらくすると、校舎から制服姿の生徒達がわらわらと出てきた。
校門を通り抜けて行く生徒達の中に美奈の姿を探していた俺は、別の見知った顔を見つけた。
向こうも俺に気付いたようで、友人との会話を止め、俺に駆け寄って来た。
「よお、小池」
「もぢづぎぃさんじゃないですか」
「ちょっと違うが、俺、名前教えたか?」
「いいえ、有賀から聞きました」
「美奈から?」
「ええ。部活の時に聞きました。祭の翌日、有賀をからかったんです。あの彼氏の名前を教えろって。有賀のやつ、恥ずかしいのか無駄な演技をしてキョトンとしていたんで、目撃したラブラブ現場を突き付けてやりましたよ」
小池は美奈の片想いの相手だ。
御利益の影響下にあった美奈は小池に会った時の状況を知らない。知ったのは今回が初めてだろう。
美奈の心中、察するに余りある。俺の名を口にするのはさぞ苦痛だったろう。
「もぎづぎぃさんは有賀に会いに来たんですよね?」
「すまん、もちづきだ」
「そうなんですか?有賀のやつまた嘘を」
「その美奈はもうすぐ出てくるか?」
「さっき昇降口で見かけましたから、すぐ来ますよ。あっ、ほら、出て来た」
俺は小池の視線の先に目を向けたが、美奈がどこにいるのか分からなかった。
「どこにいる?」
「いやだなあ。そんなこと言ってたら有賀に怒られますよ。ほら、あそこです」
小池の指差す先を改めて凝視した俺は、そこに美奈と思わしき少女を見つけた。少女は友人らに囲まれ、楽しげに笑っていた。
それが美奈であると確信が持てなかったのは、祭の時とは印象が全く違ったからだ。
あの時の美奈は髪を結い上げ、明るい色柄の浴衣を着ていた。しかし、こちらに向かって歩いて来る少女は、長い黒髪の先端が腰の辺りでサラサラと揺れ、今は落ち着いた色の制服を着ていた。
「なあ……小池。もしかして、美奈ってモテるか?」
「そりゃ、モテますよ。サッカー部の連中なんて、僕が祭で見た事を話したら、大騒ぎしてましたよ。ひどく落ち込んでた奴もいました」
「そうか……ん?」
美奈を眺めていた俺は、彼女の異変に気付いた。彼女の足はいつの間にか止まっており、その目は俺に向かって大きく見開かれていた。それから彼女の身体がブルブルと震えだし、その震えが大きくなるにつれ、次第に美奈の顔が伏せられていった。
そして、周囲の友人も美奈の異変に気付き、一人の女子が美奈の顔を覗き込んだ瞬間、美奈が爆発的な動きを見せた。
心配して覗き込んだ友人を跳ねとばし、さらに、俺と彼女の間にいる生徒をことごとく突飛ばしながら、一直線に俺へと突進して来た。
小池は冷や汗を浮かべながら「熱烈ですね」と言い、俺が「いつもなんだよ」と返した時、ついに美奈は俺に到達した。
美奈は無言のまま俺の腕を強く掴み、勢いもそのままに進む。俺は美奈に引きずられる様にして、その高校を後にした。
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