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始まる前に終わった恋
夏の商戦が一段落つき、営業一課では、夏の親睦会が行われている。それぞれのテーブルでは、ちょっとした達成感もあり、お互いの苦労を労いつつ、いい雰囲気で盛り上がっていた。
親睦会も半ばを過ぎた頃、おもむろに課長が立ち上がる。
「ーー皆さん、今日はいいお知らせがあります。当課のホープ、原田くんが、この度婚約しました。お相手はあの総務課の橘さんです」
課長からの発表に場がどよめく。男性陣は美人と評判だった橘を射止めた原田に、やっかみ半分、いろいろ質問を浴びせている。
職場の酒席では社内の噂、特に恋愛話がまことしやかに流されるが、今夜のターゲットは間違いなく原田である。
ここ、営業事務の女子テーブルでは、原田をネタに、先輩の橋本が山下に話し出す。
「ねえ、知ってた?今回の婚約発表、なんか急だったでしょ?ていうのも、デキ婚らしいよ。いまは授かり婚だっけ?」
「え~、マジですか~」
「でも、橘さんのお父さん、この会社の役員だから、原田さんの将来は安泰でしょ?」
「会社の独身男性の中じゃ一番人気だったのに…残念」
「彼氏いるあなたがなぜ残念がるのよ」
「原田さんイケメンだから、目の保養だったの。でも、誰かのものになったら、目の保養とはいえ、テンション下がる~。あれ、佐倉さん、どうしたの?今日は元気ないね」
「ちょっと体調が良くないみたいで……申し訳ないのですが、今日はこれで失礼します」
心配して家まで送ろうという橋本の厚意を断り、佐倉は急ぎ店を出る。彼女の気持ちを知ってか、外はしとしとと雨が降っている。
佐倉奈々子が就職したのは約二年前、営業事務を担当している。働き始めたばかりの頃は、電話の応対もままならなかったが、周囲のサポートを受けながら、なんとか一通りの仕事をこなせるようになった。そんなある日、佐倉が電話で受けた注文数を聞き違えてしまうというミスをやらかした。その時、担当者たちが夜遅くまで人脈を駆使して在庫を集め、なんとか取引先への納品を間に合わせた。
職場の同僚や上司に平謝りした後、給湯室で片付けをしながら落ち込む佐倉に、
「これでも飲んで元気出して」
缶コーヒーを差し出してくれたのは原田だった。そして、彼がまだ新人だった頃の失敗談を面白おかしく聞かせてくれた。
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