First Date

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「潮の香りがする……」  奈々子がつぶやくと少し前を歩いていた倉科が振り返って言う。 「潮の香りか。僕は大学からずっと東京なんだけど、実家は海沿いの町だったから、海が懐かしくなる。ここから見る海の風景を佐倉に見せたくて……」  二人が着いた展望台からは眼下に太平洋を一望できる。青い空と海を隔てる水平線が果てしなく広がる光景に、奈々子は思わず息をのむ。 「今日は天気が良くてラッキーだったね。雲一つない青空は珍しいよ」  この一週間、原田のことで落ち込んでいた奈々子だが、爽やかな風を身体に感じながら壮大な自然の風景を見ていると、少しだけ心が和んだ。  しばし風景に見入る奈々子だが、ふと我にかえると、倉科と目が合う。   「暑くなってきたから、戻ろうか」  二人は駐車場に戻ると、少し車を走らせ、カフェに入った。ガラス張りなので、店内からは海がみえる。プレートランチをとりながら、奈々子は話を切り出す。 「倉科さん、今日はありがとうございました。いい気分転換になりました」 「せっかくの週末なんだから、楽しんでくれたならよかった。僕も久しぶりに来れたし」 「でも、どうしてですか。この前の事は私の問題ですし……あと、できることならあの日の私のことは見なかったことにしてください。恥ずかしいから……」 「君のことを誰かに話すつもりはないから、安心して。」  そこで一旦言葉を切ってから、倉科は話し出す。 「今、君は失恋してつらい思いをしている。そのうち新しい恋をするだろうから、今はそれまでの準備期間だ。一方、僕は今、特定の彼女がいるわけでもなく寂しい週末を過ごしている。そこで、僕から君に提案があるんだけど、しばらくの間、今日みたいに会って僕と模擬デートしてみないか」  思いがけない提案に奈々子は戸惑う。 「模擬デート??よく意味がわからないのですが」 「つまり、君はしばらくの間、僕を相手にデートの練習をする。僕は若い女の子と週末を楽しく過ごす。お互いメリットのある話だと思うんだけどね」 「倉科さんはそんなことしなくても相手はいると思います。それに、どうして私なんですか?倉科さんとはこれまでそんなに親しくしているわけでもないのに、どうして……」 「君に興味があったから。職場で見る君はいつも大人しくてあまり感情を出さないけど、ここ数日の君をみてると本当はどんな子なのか興味を惹かれたんだ」 「そんなこと言われても……」 「じゃあ、こうしよう。期間は2ヶ月。その間週末の1日だけこうして君と会う。もしどうしても君が僕と会うのがイヤになったら、その時はこの約束は破棄してもらったらいい。どう?」  逡巡した挙げ句、奈々子は答える。 「本当に私が無理と思ったら約束は破棄してくれますか?」 「ああ、約束する」 「……わかりました」 「じゃあ約束は成立だね。それから、実行するにあたって、僕からのお願い。二人の時は敬語は使わないで。それから、どんなデートをするか、行き先は交替で決めよう」 「はい……」 「いい子だね」               倉科に笑顔で言われて、少し照れくさい気持ちになった。
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