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夕日に映ゆる幻
やがて、お日様が西の空の彼方に沈みかけた頃。時計を見ると、時間は6時をとっくに過ぎてたかしら………。
ワタシは秋帆と冬馬と千夏に耳打ちをして、帰り支度を始めたんだけれど、実はお金が足りなくなってて。だって、千夏が桐生うどんを3杯と冬馬がかき氷を2杯もお代わりしたものだから。
………この痩せの大食いめ!
「………ねぇ、お婆ちゃん。あの、ワタシ達、お金が後80円足りないんだけど。」
でも、お婆ちゃんは怪訝な表情をひとつも浮かべる事も無く、優しく呟いた。
「………良いんだよ。お金なんて。アンタ達のその笑顔を見せて頂ける事が、なりよりの宝物なんだからぁ。それに、ワタシも老い先短い身の上だからねぇ。お金なんかに拘ったって。いつお迎えが来ても可笑しく無いからねぇ。」
その時、千夏が寂しげな表情を浮かべながら、お婆ちゃんに言った。
「そんな寂しい事、言わないで………。」
ワタシ、その時、お婆ちゃんに呟いたの。
「じゃあ、今度はお父さんとお母さんも一緒に連れて来るから、それまで、お婆ちゃんも元気でいてね?」
お婆ちゃんはニッコリと微笑んだ。
「………あいよ。楽しみにしてるよ。」
それから一週間程が過ぎて、ワタシ達はパパとママと連れ立って、もう一度、お婆ちゃんのいる茶屋へと足を運んだのだけれど、あの頃の面影は今は無く、お婆ちゃんの姿ばかりか、茶屋の建物も峠へと続く山道も無くなり、古びたお墓が幾つかひっそりと立ち並んでいるのだった。
「………お婆ちゃん。」
その時、ワタシは、思わず眼から涙が溢れて来てしまって、勿論、秋帆も千夏もシクシクと泣きべそをかいてたんだけれど、冬馬だけは、下唇を噛み締めて、俯いたまま、一言も口を利かなかった気がする。
パパが、ポツリと呟いたの。
「………この辺りは、昔、戦争で焼け野が原になったらしいけど。戦争が終わってから残された人達が犠牲者を弔う為にお墓を建てたみたいだね。」
ひょっとして、ワタシ達が出会ったお婆ちゃんの姿は、お婆ちゃんの情念がワタシ達に見せた幻だったのかしらね。
ワタシ達家族が見つめているお墓の辺りには、ひんやりとした空気が漂っているのだった。
《 完 》
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