5人が本棚に入れています
本棚に追加
午後の休日
季節は夏。蝉時雨が盛んな最中、今年も8月が始まろうとしている頃から物語は始まる。
「父さんと母さんは引っ越し作業で忙しいから、アナタ達は暇だったら、お散歩でもして、この町に慣れ親しんで来れば良いわ。アナタ達も、明日からは新しい学校に通う事になるんですもの。道が分からない様じゃ大変でしょうから………。」
ママにそう言われて、ワタシは妹の秋帆と弟の冬馬、それから末の妹の千夏を連れて、お家からお外へ出たのは良いんだけれど………。
………ワタシの名前は、稲荷 春菜。
今年から、中学1年生になったばかりだと言うのに、又もやパパの気まぐれで、引っ越しする事になってしまって。今度は、東京都武蔵野市から群馬県は桐生市の方へと今日、到着したばかりなんだけれど………。
ワタシのパパのお仕事って、神主さんなんだけどね。神社と言うモノを持ち合わせてなくて、行脚して地域を旅して回ってるんだよね。………って言っても、パパが何処を行脚してるのかって言われると………。
何時もね、パパって、朝帰りの日が多かったんだけれど、そんな時に限って、スーツの内ポケットの中からカラフルなデザインの名刺が沢山出て来るんだよね。名刺に書かれてた名前も、『リナ』だとか『カリナ』とか『ミユ』なんて言う、派手な名前が多かったかしら。
………って言う訳で、今回、群馬県に引っ越して来たんだけれど、その理由についてはパパからは何も聞かされてなくて。この前、パパに理由を聞こうとしたら………………
「………そのうち話すから。」
の一言で済まされてしまって………。そんな事はどうでも良いんだけれど。さて、これからが大変。お家からお外へ出て、暫く歩いているうちに道に迷ってしまって、お家へ戻る迄の道も分からなくなってしまったの。
弟の冬馬が、ワタシに呟いた。
「………もっと、しっかりしてくれよな。………姉ちゃん。俺なんて、この辺りに面識無いんだからさぁ。この辺りに来た事があるのって、この中だと姉ちゃんだけなんだろ?」
この小生意気な弟の冬馬は今年で小学3年生。
………で、因みに秋帆と冬馬は双子で、秋帆の方がお姉ちゃんかな。それで、末っ娘の千夏が今年になって小学校へ入学したばかり。
でも、何かある度に、お姉ちゃんって損な役回りなのよ。何時も、当たり前の様に…………
「………アナタ、お姉ちゃんでしょ?」
なんて言われて、甘えさせてもくれないし。
今の様な状況でも、何故かしら、ワタシが一番しっかりしなきゃいけないみたいで………。
「無茶言わないでよ。ワタシだって、1度しか来た記憶が無いんだから。それも、幼稚園の頃よ。道なんて覚えてる訳無いじゃない。アンタだって、しっかりしなさいよ!………男でしょ?」
「…………………………………………。」
………黙ってしまう冬馬。まだまだ甘いわね。口喧嘩でワタシに勝てると思ってるのかしら?
最初のコメントを投稿しよう!